神一條 資料 1 (旧掲示板) 


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甘露台は人間である証 その3
投稿日 2月11日(火)21時29分 投稿者 梅一厘 [L140191.ppp.dion.ne.jp] 削除
 HPの神様の思惑の所と人間甘露台の証その1、その2を読んで頂けば、甘露台は人間であり、
石や木の甘露台は記念碑である事は理解して頂いたと思いますし、名前は前生お里様で有った事も
理解して頂けた事と思いますが敢えてもう一度お里様を証明します。
    明治三二年二月二一日のおさしづに  
前略 その日旬が来たら、その理よりはこばにやならん、さあしんばしらにも注意してく れ、二代
の理(二代本席)とも三代の理(御教祖様、初代本席様 人間甘露台は二代本席) ともわからん 
中略 一時大工大工杖柱としてとほしてきたとさとしたる理もある、よう  しんばしらにきかしてく
れ しんばしらにきかしてくれ 後略 
  
    明治三十七年四月二十二日のおさしづに
その時一人台といふ。どういふ事なら まな板といふ どふいふ事もこふいふ事もその上で分かる
これしっかりききとりておけ。

 おさしづに 前略 その甘露台だれであろう名をゆへば一口や その場で分かるなれど言へ ば 害に
なる さとし さとして事情から一日の日自由用ことばまとめて一ツ人調べせよ 十三年以前五月頃の
ことや 二人にかけ合い返事なし よほど月日もたちきたれば成程の道といふ人や 後略 

    明治三一年八月二六日のさしづに 
  前略 心一ツ伏せ込んだ いつになりても動かす事はなし 万事の処話しかける この順序本席を
頂くさとには元と云ふ理をさとしてくれ やとい入れた者やない お前どうせこうせいといへん 今
日世界から見ても 順序の理である 一ツ席である 後略 こうして御教祖日様は思いを残して下さ
ってあります。お筆先 三号 46 この処よろづの事をとき聞かす 神一条でむねのうちより

    明治三十三年四月三日のさしづに 
教祖から順序の道、一つの理聞いて居る。裏一つの理表一つの理二つは一つの理。

    明治三一年五月九日のさしづに  
前略 しんばしら しんばしら今は家内と云ふやろう、今日は出ようと 思へば出たがよい やすもう
とおもへばやすんもよいと書き残して 有ります。家内とはおさしづを出しておられる方の奥様の事
ですね、元治元年からの出来 事を知っておられる人は成程と納得がいくはずです。 
    明治三十四年二月十日のさしづに 
  日々の處まあ一つ裏という、表という理である。・・・・裏と表は抱き合わせ\/    。
 明治三十一年七月十四日のおさしづに 前略 たちや数えてみよ 皆かりや建てにたてかへ今日は
どこにもかりや 仮や ほんに成程という誠の誠の連れて通りた一人順序の理(お里様)があるわい
  中略  裏かじや表大工聞き分ければ神が守護、十二下りの止めは大工、これさへ聞き分けたら苦
労したいと云うてもでけんが神の守護、十二下りの止めは大工、裏かじや、表大工といへば なんや
ろと云ふ   補足のつもりでもう一度お伝えしたい。 
裏かじやとは梶本家の事ではありません。裏と表は抱き合わせ\/ とは本席夫婦の事です。 その
証拠は元治元年の勤め場所の建設の理由は何でしたか。棟上げの日、帯を形にお酒供えられた方は
誰でしたか。 お里様でしたですね。 大和神社の事件の後、勤め場所の内作りをされたのは本席
飯降伊蔵夫婦でしたね。 十一下り二ツ ふうふそろうてひのきしん これがだいいちものだねや
と歌い踊って居られますね、元治元年から本席夫婦が御教祖様に尽くしてこられたのです。裏かじ
やはお里様の事です。八月十六日の京都の五山の送り火(大文字焼き)の舟形は天理御教祖様が世
界の助け舟でその助け舟の舵取り(かじとり)役をされたのがお里様でした。産後の肥立ちの悪い
所を助けて頂き、元治元年夫婦そろうて初参りされた時、そのお礼に社を作り供えようと伺い立て
られたのが始まりでした。お里様を再生して人間甘露台として出現さして月日御教祖入り込み(天
下り)神一条の道を始め、用木暮らし、ろくじの世界に立て替えるとの事です。三軒三棟、三社三
棟の中宮に奉り、甘露台勤めをし世界の立て替え建て直しをするとの事です。 良く調べ確認され
る事をお勧めします。明治三十四年五月二十五日 P59 大工に委せると言うたる。

   明治三十年七月十四日(P六八〜六九、2790)のさしづをもう一度お伝えします。 
前略 存命中に言うたる。世界道理の理に一つ成るか成らんかこれから考えば分かる。害になると
言えば害になる、邪魔になると言えば邪魔になる。これ聞き分け。ぢば証拠人間始めた一つの事情、
かんろうだい一つの証拠雛形を拵え。今一時、影だけのもの言うて居るだけでならんから、萬分の
一を以て、世界ほんの一寸細道を付け掛けた。どちらやら こちらやらという理は言うまでのものや。
どうこうというは、大体の理に分かるもの。ほんの何にも知らぬ者寄って言うのや。尽くした理は
何時失わんならんやら知れん。一も取らず二も取らずという事は、前々に知らしたる。天理教会と
言うて、国々所々印を下ろしたる。《八ツ 山の中でもあちこちと 天理王のつとめする》年限経つ
ばかりでは楽しみ無いから、一時道を始め付けたる。神一条の道からは、萬分の一の道を付けたの
やで。それから聞き分けば、邪魔になるものは邪魔になる、害になるものは害になる。言わいでも
分かった話や。 天理教は何十年、何百年経とうとも雛型の道、学びや、けいこの道ですのでおや
さと屋形を完成しても神一条の道からは万分の一の道に過ぎませんとの事です。良く聞き分け下さ
い。 中山みき御教祖様はお里様を出すための雛形を付け、本席様はお里様を出すためのおさしづ
を出されたのです。 御筆先三号90参照して下さい。 (根、幹、枝葉)有り難う御座いました。

甘露台は人間である証 その2
投稿日 5月1日(水)22時25分 投稿者 梅一厘 [osaka1-95.ppp-1.dion.ne.jp] 削除

(M22・3・23)郡山平野楢蔵身上障りに付伺のさしづに
前略 ふでにしるしたとほりみなでてくるのやで、おくれてあるのや みな心定めてゐ(い)る
なれども心に一寸かかればあんじてどうもならん、これみんなようきいておけ 
 (M32・2・2)(P24、3180)杖柱残してある。又さしづする。人間の言葉と思てはな
らん。写し込んだる杖柱と思えば、何も案じる事は要らん。これ一つ諭して置かねば分かり難
ない。さあ\/又一つこれまでというは、働き損には出けん。働き損にしてはならん。
(M30・8・14)三十年以来親子諸共という、これ杖柱という理、聞き分け。聞き分けばこれ重い理
か軽い理か聞き分け。 
(M32・11・2) (P213、3369) 一人残してある。 皆の者も、皆手を打たねばならん
\/という理を、一寸諭し置こう。と仰せ有りました。取り急ぎお伝えしました。
甘露台は話しする人間である事がお分かり頂けましたでしょうか。 甘露台は天の甘き露を受
ける台の事、天の言葉は寿命薬の事です。お里様が再生され親里と成ります。本席様迄が九柱
でお里様が再生して十柱揃いました。神一条の道が始まっています。天理教と神一条は別の教
えです。おさしづには詳しく書き残されて居ります。人間甘露台踏み止めの為にも月日大神様の
思惑を立てるためにもおさしづをしっかり研究して下さる事をお勧めします。
今回はこの辺で大和里にします。 有り難う御座いました。 合 掌 

甘露台は人間である証その1
投稿日 5月1日(水)22時01分 投稿者 梅一厘 [osaka1-59.ppp-1.dion.ne.jp] 削除

 このレポートは天理教無教会派の掲示板に出させて頂いた物です。HPの神様の思惑の一部使用
     甘露台は人間である。 前世はお里様でした。 
御筆先九号 50 月日よりさしづばかりでした事を これとめたなら我が身とまるで 
(M40・6・5)午後二時の百日さしづに 前略 さあ\/今度という今度はもふなか\/の思
惑 十分理まとまったるによってもふ はなしかける \/  前々同じ返事してある これ
が第一あちらでどふ こちでこふ 言葉といふ理おほかつてはどふもならん そこで言葉の理
まとまる先々の先の先迄定まつたる言葉 これが第一道寳(たから)やで寳(たから)をさとした
る處これやりとげにやならん 處々はしばし一ツの寳(たから)がわかつたとこれだけくどう 
\/  いふておく ゑ(え)らひものやと世界から一ツこれはさとし一ツ理で心からそなへて
くれる日があるによってしっかりときゝとってくれと仰せられてありました。 
     おふでさき 十七号 3
(人間甘露台の事)
  この台をどういう事におもている  これは日本の一の宝(たから)や
     おふでさき 十七号 五八
  このざんねんなにの事やと思(おも)うかな 甘露台が一の残念
    (木や石の甘露台記念碑なら何も残念な事はないでしょう)
(人間甘露台の事)  おふでさき 十号 22
 この台をどういう事に思ふかな  これは日本の親であるぞや
     おふでさき 三号 31
親々の心違いのないように 早く思案をするがよいぞや
 親は人間甘露台親様の事で天理教が言っている理の親、理の子は違うと言うことです。
     おふでさき 九号 45   
   (石や木の甘露台は)
  今成(いまな)るの甘露台とゆふのはな  ちょとの雛型(ひながた)までの事やで
     おふでさき 十号 七七    (甘露台は人間であるから)
  この度(たび)の甘露台といふのもな  これも今までしらん事やで
(M21・6・23) 甘露台一ツ人間定(さだ)めてある、何でも一日ある 楽しみあるということ
治めてもらいたい。 
(M21・6・3)(旧四月二四日十時頃)「本席御身上障(さわ)りに付(つ)きおさしづ」
 一ツ事情分かりがたない 刻限理を持って話しする。これ迄せきたてたる理、早く甘露台珍(めず
ら)しい事云ひかけ又、始めかけ 甘露台一条世界にあることはいわん これから神の云(い)ふ様に
する事、だん\/聞かす、だん\/たちきたる(年限が)はんぜん理分かりがたない、これから
天理 はこばねばならん、世界ある事情はいらんせいでもよいものや、通るに通られん、(人間思
案の心では)世上理に迫る一寸一ツさしづいつ\/までの事情(天理教も人間心ではならんから
おさしづ一条で立つ神一条の道でなくばならんとある)事情は甘露台早くなるならんではない連
れて通る(人間甘露台を)世上(天理教の道)理、世界の理この事は五十年以来一年理をみてど
ふ云(い)ふ分り(文久二年より大正元年は五十年の年限は一と仕切ると仰せあります)古き者を
向ひとり一寸心に掛かる、一ツ理 神一条大切な理と云ふは、古き者や、新しき者や一人ではない。
(明治二六年にお里様ご逝去なされるまでに明治二二年に理を受けて古い理を新しい道を付けさ
すために五十年間の道中の苦労をさしてお仕込みの道中であろう)皆いんねん(いんねんよせて
守護する)古きもの失ふ 理うしなふよふこの理聞かねばならん、みな追々すみ\/心を以って甘
露台理を聞かす、又々刻限まちて知らそ    註 人間甘露台出現して神一条おさしづを説いて聞か
すから心澄まして聞く様に、(何にてもとかれん事はないけれど 心澄まして聞く者はない)
   高山(天理教)の説教聞いて真実の神(神一条)の話を聞いて思案せよ
(M21・6・3)午後四時のおさしづに 一つ事情分かり難ない。今まあ刻限持って知らそう。今
又話、かんろうだい珍しい事言うで。だん\/始め掛け。だん\/道分からんから遅れてある。
世上の道皆世界にある。世界にあるものなら要(い)らんものや。なれども長い道やで。一寸許
してあるのや。これから神一条やで。実なる處かんろうだい。早や\/取り決め取り締まれ。難
しいようにあるけれど、神が皆働く。何でもない、なれどもなかの道である。・・・古きの理を失
えば、皆自然と理を失うで。
(M23・8・10) 真実々々台是談示出来る どんなことも話しよう、聞きよう三才童子一つ
の理をもち今日のさしづ、今日の事を知らす 明日の指図といえば明日のことを知らす、三年
先の事を知らす、生涯と云(い)へば生涯の理をすっきり指図する  
(M26・11・28)十一時二十分のおさしづに 
さしづという皆先のことばかり言うておく なやめてなりと痛(いた)めてなりとはなした理にはこ
ばす   九号 50 月日よりさしづばかりでした事を これ止めたなら我が身とまるで
  (おさしづ通りにしないと身上が止(と)まるそうです。)
六号 95 どのよふな事もうらみにおもうなよ 皆めへめへの身うらみである 
                              その2へ


天理教会は害になる邪魔になる&神一条の道からは萬分の一の道について
投稿日 5月1日(水)17時33分 投稿者 梅一厘 [osaka1-46.ppp-1.dion.ne.jp] 削除

       天理教会は害になる邪魔&神一条の道からは
        萬分の一の道を付けたのやでについて
平成十三年四月二十三日、大阪の国際会議場で『二十一世紀の日本の宗教を考える』シ
ンポジュムが有りました。 パネラーの一人に天理大学助教授の金子昭先生がおられま
した。話の中に神一条の道からは萬分の一の道と言って居られました。
私は、この部分がおさしづの何処に書いてあるか探して見ました。この言葉の前後に何
を言って居られるか大変興味が有ったからです。 そのおさしづを求道者の皆様にも知
って頂きたくレポートしました。  それは以下の通りです。
   明治三十年七月十四日(P六八〜六九、2790)のさしづをお伝えします。 前略
 存命中に言うたる。世界道理の理に一つ成るか成らんかこれから考えば分かる。害に
なると言えば害になる、邪魔になると言えば邪魔になる。これ聞き分け。ぢば証拠人間
始めた一つの事情、かんろうだい一つの証拠雛形を拵え。今一時、影だけのもの言うて
居るだけでならんから、萬分の一を以て、世界ほんの一寸細道を付け掛けた。どちらや
ら こちらやらという理は言うまでのものや。どうこうというは、大体の理に分かるもの。
ほんの何にも知らぬ者寄って言うのや。尽くした理は何時失わんならんやら知れん。一
も取らず二も取らずという事は、前々に知らしたる。天理教会と言うて、国々所々印を
下ろしたる。《八ツ 山の中でもあちこちと 天理王のつとめする》年限経つばかりでは
楽しみ無いから、一時道を始め付けたる。神一条の道からは、萬分の一の道を付けたの
やで。それから聞き分けば、邪魔になるものは邪魔になる、害になるものは害になる。
言わいでも分かった話や。・・・・・さあ〜名称々々の處、事情話す處、変わりたるやな
あ。話す處どうも一時すっきりとして了(しま)えば、言うまでの事情や。案じて居れ
ば切りが無い。よう皆々思やんしてみよ。一所崩(くず)れたら、何処まで崩れるとも
分からん。一とこ崩れたら何処まで崩すやら分からん。しっかり治め 〜。言うて治ま
らんにゃどうもならんやろう、と言うても、要(い)らんと言うやどうもならん。ほの
かの理から治まりたる處、どちらやら こちらやら、今一時の道という。思うか思わん
か、よう思やんしてみよ。と仰せ有りました。大学の先生にもおさしづのコピーを手渡
しして来ましたが返事が有りません。残念です。 前回はみかぐら歌から粗々質問しま
したが、アレ〜ツと思われたらまともですが。気がつかなければ大変な事です。如何に
答えるか。聞いていない事は知らないのは当たり前です。そのはずや 解いて聞かした
事わない 知らぬが無理ではないわいな 御教祖様は書き残されただけでちくいちこれ
はこう、これはこうとハッキリ教えられて居られないのです。一所崩れたら、何処まで
崩れるとも分からん 一とこ崩れたら何処まで崩すやら分からん、これはもうすでに始
まっています。 今迄お伝えしました資料と引き合わせて頂けば用木なら成程と賛同頂
けるものと確信して居ります。
 ご多忙の為、今迄、何回かお届けしました資料にお目通して頂いていのかな?
おさしづに書き残し有る事が世界に伝わったら大変な事になるだろうとおさしづの一説
に書いてありました。これ等が明らかになると大方の信者は路頭に迷う事に成る事は避
けられないでしょう。これは大変だ。 崩れてから騒いでも仕方なし、真実は変えられ
ない、今迄良い思いをしてこれてた方は良いですが、今、苦労の真っ最中の方はショッ
クが大きく、狂うかも知れません。不信のため、しばらくは放心状態でしょう。   
  明治四十年五月八日(P六五 4685)百日さしづに三ヶ年も模様中五ヶ年から
普請に掛かりとあります、これは三回目の最後が昭和五十一年でそれから平成十三年は
二十六年ですので三代目がご苦労さんに成るかも知れません。 また、明32年2月2日
(P19〜20 3175〜3176)もう代々替わりて一寸四代目のようなもの。こう言うさしづが有ります。 
今の真柱は四代目ですよね。 何時まで月日大神様は見逃して下さるかと言った所でしょう。
 気の毒にね! 如何ばかりかつらいでしょう。 お察し申し上げます。
         平成十三年六月二十一日作成

ノアの方舟&洪水、ごもく、泥水、にごり、その3
投稿日 5月1日(火)23時45分 投稿者 梅一厘 [1Cust221.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

九下り目 七ツなかなかこのたび一列に しっかり思案をせにゃならんから 八ツ 山の
中でもあちこちと天理王のつとめする  九ツ ここで勤めをしていれど 胸の分かりた
ものはない(神様の思惑の分かっている者はいない) とても神名を呼び出せば早くこも
と(根 元)へたずねでよと歌い踊って居られます。聞かせて頂いていないのだから仕方
ないのですが、伝させて頂いても天理教会本部から出たものでないと信じられないと言う
根は木辺に艮と書きます。用木は艮(丑寅)から出現す、役目の事でこれが元です。
七柱、妙法、虚空蔵菩薩は真仏(弥勒菩薩、如来)の事、表貴門です。        
 如来とは来るが如しと言う事です、女の口から解いて来る事です。もう一度繰り返して

御教祖様の名前は中山みき(幹)ですから根が現れば恐れ入るのではありませんか。 
根掘る模様なんでしてでん(こん)と仰せ有ります。心合わせ一手一つに月日大神様の
思惑を立てる事が要求されているのです。 仏教、キリスト教、天理神道は一つで有る
事を伝えなければ月日大神様の残念、立腹で大掃除される事をお知らせします。

月日大神様の一貫した一つの教えだからです。 嘘か本物か神一条教を調べて下さい。
神一条教は月日大神様の思惑、通りのひとすじの道であります。みかぐら歌、御筆先、
泥海古記、おさしづの解釈本を出版して世界中に問いかければ良いのかもしれませんが、
残念ながら今の所、いろんな事情があって出来ないのが残念でなりません。
 先ずは天理教、大本教、ほんみち、神一条教を一つにして頂かなければ成りません。
それから仏教、キリスト教を同じ月日大神様の教えでありひな形の道を教えられている
事を伝えなければならないと思います。 我々一列兄弟姉妹次第ですが如何に心を揃え
るかが問題です。我(が)を取ってさしづ通りに従えば明日にでも実現するのでしょう
が神様から見れば我々は子供でも我々人間同志から見れば大人で皆銘々に心が違うので
大変です。 素直な人、神因縁のある人を捜すのは大変ですが巡り会えたら嬉しい。
 また、努力次第で月日大神様の用木になる人に巡り合わせて下さる事でしょう。
 12号134   真実が神の心に叶わねば  如何ほど心尽くしたるとも
  正しいみかぐら歌、御筆先、泥海古記、おさしづの意味を知って頂く事が何より大切な
事です。 難しい事を沢山知って居られても、月日大神様の思惑が分からねば、理解出来
なければ大変な事になりますし、こうで御座ると決めつけてしまっては神様に逆う事にな
ると思いますが、ところで、あなたは如何思われますでしょうか。
   神一条人間甘露台親様を踏み止めて居られないと日本人では無いようです。
親里ぢば甘露台、日本は一つで有る事、人間甘露台親様の身体を指して日本と仰せ有りす。
  理とは王里(おうさと)と書きます。  一寸蛇足   聖書ダニエル書二章
44この王等(おうたち)の日に天の神一の國を建たまわん是は何時までも滅ぶること無
らん此國は他の民に歸せず却てこの諸(もろもろ)の國を打破りてこれを滅せん是は立ち
て永遠にいたらん 45かの石の人手によらずして山よりきられて出で鐵と銅と泥土と銀
と金とを打碎(くだ)きしを汝が見たまひしは即ちこの事なり大御神この後に起らんとこ
ろの事を王にしらせたまへるなりその夢は眞(まこと)にしてこの解明(ときあかし)は
確かなり これが神一条の道です。言葉の違いや肌の色の違いは有りません、世界一列、
地球人は月日の子供であり人間甘露台親様の子供であります。中宮は世界の中心なのです。
 二号3 ちやつんであとかりとりてしもたなら  あとへでるめはよふきづとめや
     (道理上の道、応法の道を取り払う事) (神一条の道)
建物が完成すれば足場は取り片付けますね。 明治二十二年十二月二十七日のおさしづに
前略 教会と云ふ名稱といふ、一つ理と云ふは長い道中、通るに通れんから一時路銀を渡
した様なもの普請にたとへ足場と云ふ、道普請にたとへて日ぐらし同然と云ふたる 後略
 この様に仰せ有りました。これにみかぐら歌、御筆先を引き合わせますと成る程と納得
が出来ます。人の心というものは 疑い深いもの成るぞと歌って居られます、おさしづを
拝読して頂きますとその答えが出ます。 天保九年、文久二年、元治元年から二十六年、
八二年、八四年それぞれ数えて頂けばアリャ〜そう言う事だったのか〜と理解出来ます。
天保九年戌から昭和二六年卯迄百十五年です。 二十六日来る事なら、二十六日始めかけるで
と仰せられて置かれかのです。天理、ほんみち、神一条の道を一つにする予定でした
 泥海古記は十憶年前の話しではない事も理解できます。現代と合わせ鏡に成っていると
取って頂ければ遠い昔の話で無い事に気が付くはずです。御筆先七号35今迄も今がこの
世の始まりと ゆうてあれども何の事やらこの歌は十憶年前の事では有りませんですね。
 これは昭和元年は大正十五年甘露台親様三十八才の事です。七号の1の歌です。十五号
46 今迄と道がコロリとかわるでな みな一れつは心さだめよと仰せです。神一条の道に
変わると何回も仰せ有る事を聞き分けなければ泥水に飲まれてしまいます。神一条の話は
聞いていないので知らないのが当たり前です。そのはずや解いて聞かせた事わないですか
ら聞きたくば尋ね来るなら云てくてきかす よろづ委細の元なるをと仰せ有るのです。
とにかく、おさしづに書き残されている事を自分の目で確認して下さい。お願い致します
神一条でこれ我が事と分かりましたら訪ねて来て下さい。 宜しくご検討して下さい。
四号 32 なににても神一じょふを知りたなら からにまけそな事はないぞや
   41 明日にちは何でも頼みかけるでな 神いちぢょに付かねばならん
  有り難う御座いました。お元気にお勤め下さい。 合 掌 ノアの方舟を大和里ます

ノアの方舟&洪水、ごもく、泥水、にごり、その2
投稿日 5月1日(火)23時17分 投稿者 梅一厘 [1Cust167.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

三号7 これからは水にたとへてはなしする  すむとにごりでさとりとるなり
 9 このはしらはやくいれよとおもへども  にごりの水でところわからん     
 16 どろうみのなかよりしゆごふをしへかけ それがだん〜さかんなるぞや     
 65  しやんせよなんぼすんだる水やとて どろをいれたらにごる事なり 
  66にごり水はやくすまさん事にては   しんのはしらのいれよふがない      
 70 そのはづやどろうみなかのみちすがら しりたるものはないはづの事      
  神学古記有ってもね。お里様を再生して人間甘露台(真柱)を出して解き聞かす
おふでさき、おさしづにはごもくが入れられにごり、どろ水に成っている。泥水中とは世
の中の例え、泥塗れの原典では理解出来ませんから早く正しく直さなければ駄目ですね。

 これは元治元年からの出来事が分からねば理解出来なくされています。我々一人一人
が説(解)けば千筋の道になるが、神様が定めた用木(人間甘露台)が説(解)けばひ
とすじ、神一条の道と仰せられています。 棟上げ式の時に定まった様です。帯を酒に
換えて供えられたお方だそうです。右の扉、を開けて三つを一つにし神一条の道を始め
この泥海世界を安心立命の出来る用木暮らしの甘露台世界に立て替えると言う事でした。
 
その確かな証拠としてみかぐら歌、おふでさき、泥海古記、おさしづを出されたとの事
であります。 これに経文八万四千巻、新旧約聖書(三大天啓)を加え古事記、書記、
古典、神話、童話、道教、儒教、大本神諭、行事、お祭りをこねてキビ団子を作れば男
の精神を持った女、桃太郎が出て来る、それが人間甘露台であります。本部員は人間の
付けた物で神は付けていないと仰せ有りました。ふで四号16上たるはなにもしらずにと
ふじんに 従う心これがおかしい 上たる本部員が神の思惑の分からない真柱や側近に従
っているのがおかしいそうです。 道と社会は合わせ鏡ですのでよく見比べて下さい。
 明治三一年九月三十日午前二時、明治三十四年六月十四日のおさしづ参照して下さい
 昭和十七年から今日に至るまで神様に逆らって居られる事が分からない様で神様は如
何ほど残念、立腹か。六十年間、神一条教本部から伝えられて来たわけですがなしのつ
ぶてだったそうです。神一条の道を提示してこられたのですが、今尚、神様を神様とし
て認める事の出来ないのが気の毒です、自分達が作ってきた物が神様だと錯覚して居られ
る、いわゆる、迷信、盲信で信心されて居られるのであります。
自分の心を信じるのは結構ですが、頭数が沢山あっても使い物にならないのでしょうか。

三号129だんだんとをふくたちきもあるけれど どれがよふぼくなるやしれまいとかそ
のまゝこかすきいもあるなり、教会経営維持に忙しく本当の神様を聞き分ける事が出来
ないのが私も残念でなりません。持ち場、立場でそれぞれが頑張り、努力されておられ
るのですが年歳月が走り抜け今やおさしづに伺うしか直接聞ける人も居なくなりました
 時々涙が流れます。ただ、ただ申し訳なくて、聞き分けて頂けないのが残念で成りま
せん、何十回となく調べて下さる様にお願いしても確認もせず、現状維持を通そうとさ
れる。陽気と用木の取り違いしている事すら気が付かない。月に三〜五回みかぐら歌を
歌って居られても他人事の様に歌って居られる、意味、神の思惑が分からないのだから
仕方ない分けだ、ただ、陽気暮らしを目指してした走っているのだろうが、神様の思惑
(計画)が分からなければ泥水中にはめる如くやと成るのではないでしょうか。
 この道では私は何年通ったと言わない事だそうです。通った分だけの心が伴わなけれ
ばならないそうです。
 おさしづが分からなければみかぐら歌も御筆先も分からない様に出来ています。  
神一条人間甘露台親様を踏み止め出来ないから泥海古記は天保九年から九億九萬九千九
百九十九年前の事と決め付けて居られるのです、これは明治二十二年から先の出来事で
神様の計画、道筋、予言を伏せ込んで置かれた物です。これが、確かな証拠なければ危
うきい事、確かな証拠なくばいかんでと仰せられた物です。これに合わなければたとえ、
何処から私は甘露台ですと出て来られても偽物になるし、おさしづや御筆先、みかぐら
歌の解き方も神様の思惑とは違い偽の本部が出来てしっまている。 今、必要な事は皆
よりおうて話合いをする事でしょう。固定観念を持たず、天理教の教えはこうであると
言うのではなく、おさしづに従っての神一条の道でなければ月日大神様の御心に添う事
は出来ないと思いますがあなたは如何思われますか。
 千に一つも違う事なしと仰せ有るのは、一点一分一厘、違わぬ、確かな年限、証拠の
事で有りまして神様の仰せ通り神一条は成っています。 建物が大きく、沢山出来、増
え続いていくのが切りなし普請ではありません、建物を建てるのではなく、心の普請、
心の棟上げを分かり安く普請に例えて教えておかれたのであります。心の普請を形の普
請に託すのは大きな間違いだと思います。  何故ならおさしづには特に本部の普請は
仮普請以外、許可は出ておりません。天理教本部の経営手腕でしょうが、月日大神様の
思惑とは違うと思います。 天理教の人々はわざと遠回りされて居られる様です。
 繰り返しますが、悟りないのが神の残念であり、立腹なのだと仰せ有るのです。
                                   その3へ↑

ノアの方舟と洪水後百五十日立って世の立て直しについて
投稿日 5月1日(火)22時49分 投稿者 梅一厘 [1Cust107.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

ノアの方舟と洪水後百五十日立って世の立て直しについて
 雨四十日四十夜地に注げり  この日にノアとノアの子セム、ハム、ヤペテおよびノア
の妻と其の子等の三人の妻諸倶に方舟にいりぬ。水は百五十日のあいだ地にはびこりぬ。
神は風を地の上に吹かしめたまひければ水減りたり。 方舟は七月に至り其月の十七日に
アララテの山に止りぬ 水次第に減りて十月に至りしが十月の月朔(ついたち)に山々の
巓(いただき)現れたり 四十日〜七日〜七日鳩を放った所若葉をくわえて戻ってきた。
〜六百一才、二月二十七日に至りて地乾きたり。他の沢山の人々や動物、虫は皆大掃除さ
れてしまいました。 ノアの三人の息子から再び産めよ増やせよと始まった。
   洪水は濁り水、ごもくまじりの水の事で例え話しですね。
  明治三十一年九月三十日の刻限さしづに それから会議会議と言うたて、人間さしづを
拵(こしら)え、取次見苦しい。ごもくだらけ。一寸一寸日々積もれば山となる。この、
山となったらどうするか、この順序聞き分け出来ねば、人間心通るだけ通りてみればよい。
後略 このさしづに該当するみかぐら歌 十下り目 三ツ みづのなかなるこのどろう 
はやくいだしてもらいたい みづのなかなるとはご神言(みかぐら歌、御筆先、泥海古記、
おさしづ)を例えて教えて置かれたものです。ほのめかしておかれたものでした。
 故意に書き換えられたか、印刷の時、字の選び間違いか。 都合悪いので一寸こうして
おこうと手を加えられたか。 それらがごもくと先を見込んで表現されたと思われます。

 蛇足 十下り目 四ツ 欲に切りない 泥水や 心澄み切れ 極楽や
        九下り目 四ツ 欲があるなら止めてくれ 神の受け取りでけんから
        五下り目  四ツ 欲の無い者なけれども 神の前には欲はない
  十六号 73  こしらへをやるのはしばしまちてくれ どろみづなかへはめるごとくや

  明治三十三年九月九日の刻限 泣く〜するようでは神が受け取れん。百萬の物持って
来るよりも、一厘の心受け取る。これだけ聞きたら、どんな事も分かる。

 この等のおさしづ類に対応する歌であるしまた、これらは裏付け、証拠、補強に値する
歌と言えましょう。立派な学歴を持って居られる方々が御教祖様の心が分からないのか、
分かっちゃ居るけど止められないと言うのか?例えば若様、姫様だけじゃ神様の役に立た
ないから取り払うのでしょう。唐(空、カラ)、唐人は邪魔になるそうです。除けてみ
せると仰せ有ります。唐人ころりこれを待つなり、は先ずは道の中の内から始める。 
 御筆先 三号 57  高山の真の柱は唐人や これが大一神の立腹 道と社会は合せ鏡で
諭されているそうです。先ずはみちの高山、唐人から大掃除をされると仰せです。
 真柱、本部員、大教会長、役員、分教会長等を掃除しなければならないとの事です。
同時に天皇、政財界、既成宗教の指導者、役員は気を付けろ、神は手抜きはしないと仰
せある。もう白旗を上げても因縁ならば通らにゃならん、通さにゃならん、通ってその
身を果たさにゃならんとの事であります。こりゃ大変だ、困った物だね。 何故なら聞
き分けがない何と残念と言う事らしいです。子供可愛いので避けられない。御教祖を苦
しめた返しは天災地変で返すと仰せ有ります。御教祖イコール人間甘露台親様の事です、
天の小人とも仰せ有ります。  

         ごもく、どろ、にごりの歌について
 御筆先では 二号25 高山のを池にわいた水なれど でばなはにごりごもくまじりで
             26 ごもくさへすきやかだしてしもたなら あとなる水は澄んでいるなり
この歌は天理教の今の御筆先には抜けています。 27だんだんと心しづめてしやんする
 すんだる水とかはりくるぞや  28山なかのみづのなかいと入り込んで いかなる水
もすます事なり 30これからは高山いけへとびはいり いかなごもくもそふぢするなり
31ごもくさいすきやかだしてしもたなら あとなる水はすんであるなり  この歌は26と
同じ歌を繰り返し使われています。(戦前のおふでさき)大切な事だから二回使われた。
 蛇足  33(32)とふじんがにほんのちい入りこんで まゝにするのが神のりいぷく
お道では神様の思惑の分からない者を唐人と仰せ有ります。 おさしづに書き残されて
あるのは明治22年台誕生から今現在の事が言われています、繰り返し、〜、身上事情の
伺いと刻限のさしづで中学生が読んでも分かるように仰せ有りますが、人間心はびこっ
て素直な心を忘れて居られます。 第一、この言葉を出されたのは月日大神様でありま
すが、本席様の人間心ぬいて出されている事と本席様は素直で3歳心で有ったとの事で
す。 受け取る我々も子供の様な純粋、素直な心で取り組まないと月日大神様の思惑は
分からないと思います。 大人ぶると道をはずします。幼児語ではなせというのではあ
りません。 受け取る心の事です。 三号145 今の道ほこりだらけであるからに ほ
ふきをもちてそふぢをしたて    146  あとなるのみちはひろくてごもくなし いく
  たりなりとつれてとふれよ  神様が箒として立て直す事です。

蛇足  147二二の二の五つにはなしかけ   よろついんねんみなときゝかす    
 この歌は二五二五の二五の五つにはなしかけ よろついんねんみなときゝかすでして
 八十年の年限を仰せ有りました。                   その2へ↑

ノアの方舟と天理教本部神殿の木の甘露台の雨打たせに成っている理由
投稿日 4月26日(木)00時05分 投稿者 梅一厘 [1Cust169.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

ノアの方舟と天理教本部神殿の木の甘露台が雨打たせに成っている理由

 ノアが神の命令を受け、方舟(はこぶね)を造られた話は良く知られています。
 映画も上映されておりましたし、テレビでも何回か放映されていました。
  ノアの洪水とも言われております。 ノア傳の事。 詳しくは聖書(日本聖書協会)
創世記の第五章28節から第十章32節をご覧下さい。ノア六百歳の時の出来事です。
 暴虐世にみちて、乱れ切っているからこの世界を大掃除をする為、四十日、四十夜雨を
降らせるから舟を造りなさいと神から命令されて、松木で舟を造った(松ヤニを内外に塗
った)分けですが、舟を造っている時は快晴の日々が続き、雨は一向に降る気配はなかっ
たので、人々はアザケリ笑い、馬鹿にしていました、ノアファミリィー以外は誰も手伝う
人もなく、ただ、ただアザケリ笑っていたのです。 これは例えばなしで実際あった物で
はありませんが、ひな形の道を付けて置かれた物で、いずれ聖書に書き残されている通り
実現すると仰せありました。 その証拠はヨハネ傳第十六章25節に 我これらの事を譬
(たとへ)にて語(かた)りしが、また譬にて語らず、明白に父のことを汝らに告ぐると
き来たらん。(今迄の事は実際にあった事ではなく、たとえとして語ってきたが、たとえ
ではなく後になったら人の子が聖書の予言通り出現して聖書を解き、天の父の思惑一切を
明らかにする時が来る、と仰せ有りました。)

  方舟は世界助け舟の例えで神一条教の事、天理御教祖様は世界助け舟として神一条を伏
せ込んで置かれました。 お里様は世界助け舟の舵取り役をされて居られた方です。

   船と言う字は舟辺に八口と書きます。 ノアファミリーは八人だった。ノアと奥さん
セム、ハム、ヤペテの息子が三人いて、結婚されていてそれぞれ嫁さんが居られたので計
八人で八つの口となるようです。 これは月日大神様(聖霊)から知恵を貸し与えられて
いますので何も不思議ではありません。漢字は中国から韓国をへて日本に入ってきました
が、月日大神様が教えられたのですから当たり前でしょう。神一条の道は口を開ければ、
やがて八方に伝わる事を教えて置かれた物でしょう。舟は世界の助け舟、御教祖様の思惑
でありました。 八月十六日の京都の大字焼き(五山の送り火)の舟形も同じ事です。

    天理教本部神殿の木の甘露台が雨打たせに成っている理由

  屋根が抜いてあり、雨が降り注ぐ様に成っている。 甘露台は雨打たせに成っているの
は誰も手伝ってくれる者がいないと言う事です。ここがノアの方舟と同じ意味です。
天理教の方に神様の思惑、神一条を伝えてもアザケリ笑ったり、閉め出したり、役員幹部
の方々は馬鹿にして無視したり、居留守を使ったりで自分で確かめもされませんでした。
 道は遅れるばかりで、残念、立腹のため大掃除に合い、何も知らない人達まで犠牲にな
っている、大変に気の毒に思います。皆世界が寄りおうて出来立ち来るがこれ不思議。
有能な専門家が沢山居られるのですから我が俺がを抜きに持ち寄って話会いの必要がと思
います。
 洪水は方々で起きていますが、水は神様のお言葉、ご神言の事です。世界中に行き渡っ
たら、いずれ大掃除となるでしょう。神様の思惑が行き渡る。純粋な真の教えが浸透する
もしこの教えが不服なら残念ながら月日退くと仰せ有ります。甘露台はモニュメントでは
なく、元の神、実の神であり人間甘露台親様の事。猿女の君であり、本物の天皇なのです
  (ここに御教祖様の最期のおさしづを引き合わせて下さい)
 ほんみちの大西愛治郎氏が甘露台は表の天皇より理が重いと言われた為、不敬罪で監獄
に投獄されました。 戦後、不起訴で無罪放免で釈放されました。神一条の親様が人間甘
露台を宣言されてからでした。 また、人間甘露台親様の身体を指して日本と言うも同じ
意義であります。それは、月日大神様の入り込みの宮(南無天照皇大神宮)で有ります。
七福神では弁財天の事です。
 人間甘露台親様は天地、地続きで有る事。月日大神様が入り込んで直接の働きである事
を形に表して教え、ほのめかして置かれました。石の甘露台は記念碑で本席様夫婦の奥に
御教祖様が神一条の道を仕込まれた(人間の中の人間初めだしの事)その記念碑として建
てる、寸法は年限道中の事です。確かな証拠を伏せておかれものです。
御筆先八号 74(五十一)に この世界一れつみえる月日なり どこの事でもしらぬ事な
し 75(五十二)月日より皆それぞれと見定めて 善とあくとを見分けするぞや
76(五十三)月日よりなんでこのよにくどいなら あしき見えるが気の毒なから
77(五十四)だんだんと恩が重なりそのうへは 牛馬と見える道があるから
30と31の間に二十三首歌が抜けています。 聖書に雛型を書き残され、天理教応法の
道で再び形に表し、神一条の道をほのめかして置かれました。経文(仏教)聖書(キリス
ト教)ご神言(天理神道)を一つにすると月日大神様の思惑がクッキリ、ハッキリ見える
のです。これを聞き分け出来ないと牛や馬の様な扱いしかしてもらえなくなるそうです。
気を付けましょう。 心当たりのある方は嘘か本とか誠か実か調べて見て下さる事をお勧
め致します。世界平和のため、ろくぢの用木暮らし実現のために真実を求道しましょう。
  貴方の信仰が親神様の教え通りかどうかご研究して頂ければ大変、光栄です。

マタイ伝18章と甘露台地場踏止(地場定め)その2
投稿日 3月21日(水)17時42分 投稿者 梅一厘 [1Cust213.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

幼子(幼兒)(おさなご)はおさしづ明治22年8月21日では小子と仰せ有ります。170(490)頁を

参照 人間甘露台親様の身体をぢばと言い日本(月日入り込みの宮)と言われていた事を知る
                                        
事が大切と思います。   また、6然(さ)れど我(われ)を信(しん)ずる此(こ)の小(ちい

さ)き者(もの)の一人(ひとり)を躓(つまづ)かする者(もの)は、寧(むし)ろ大(おお

い)なる碾臼(ひきうす)を頸(くび)に懸(か)けられ、海(うみ)の深處(ふかみ)に沈(し

づ)められんかた益(えき)なり。はおふでさき12号 113月日にはうそとついしよこれ嫌い

 その先なるは月日退く 13号63この度は何を言うても疑うな  これ疑へば月日退くと仰せ

られてこれ疑へば月日退くと仰せられ警告された物と思います。 後で後悔無きようにです。

人の心という物は 疑い深い物なるぞ、調べもしないで鵜呑みにされているのでは有りませんか?

 7この世(よ)は躓物(つまづき)あるによりて禍害(わざわい)なるかな。躓物は必(かな

ら)ず来(きた)らん、されど躓物を来たらす人は禍害なるかな。しっかり我が心を省みる必要

があると思います。赤信号みんなで渡れば怖くない。トレーラーが突っ込んで来たらどうするぞ。

  月日大神様の退き方次第では植物人間に成る事もお忘れなきようにしましょう。

教祖傳130頁の神一条の道を通る者の心構えを諭し、の所とおさしづ明治22年4月18日82頁

(402)明治21年6月5日55・56頁(169〜170)     明治21年6月8日57頁(171頁)

 明治22年8月21日169・170頁(489・490)引き合わせ拝読して下さい。

 差別と区別の判断が付かない人が多いから大変ですがみかぐら歌は盲目、おし、つんぼの3人

寄れば大神様の思惑が分かるそうです。精神、心を研ぎ澄まし純粋に取り組めば月日大神様も知

恵を貸して下さるでしょう。しっかりご思案下さい。  神様の思惑を立てましょう。

 神一条教本部に尋ねて下さればお伝えします。まずは電話、Eメールかファックスで問い合わ

せ下さい。   次はノア記の方舟と甘露台の屋根を抜いてある事に関してお伝えします。

     地場踏み止めのコメントを大和里(おわり)にします。有り難う御座いました。

                       それではお元気におきばりやす! 合 掌

マタイ伝18章1節から7節と甘露台地場踏止(地場定)について
投稿日 3月21日(水)17時35分 投稿者 梅一厘 [1Cust167.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

マタイ伝第18章1節から7節と明治8年旧5月26日甘露台地場踏止め(地場定め)
                                        
 マタイ伝第十八章1そのとき弟子(でし)たち、イエスに来(きた)りて言(い)ふ『しから

ば天國(てんごく)にて大(おほい)なるは誰(たれ)か』2イエス幼兒(おさなご)を呼(よ)

び、彼らの中に置(お)きて言(い)ひ給(たま)ふ、3『まことに汝(なんじ)らに告(つ)

ぐ、もし汝(なんじ)ら翻(ひるが)へりて幼兒(をさなご)の如(ごと)くならずば、天國(て

んごく)に入(い)るを得(え)じ』、4されば誰(だれ)にても此(こ)の幼兒(をさなご)

のごとく己(おのれ)を卑(ひく)うする者(もの)は、これ天國(てんごく)にて大(おほい)

なる者(もの)なり、5また我(わ)が名(な)のために、斯(かく)のごとき一人(ひとり)

の幼兒(おさなご)を受(う)くる者(もの)は、我(われ)を受(う)くるなり、6然(さ)

れど我(われ)を信(しん)ずる此の小(ちひさ)き者(もの)の一人(ひとり)を躓(つまづ)

かする者(もの)は、寧(むし)ろ大(おおい)なる碾臼(ひきうす)を頸(くび)に懸(か)

けられ、海(うみ)の深處(ふかみ)に沈(しづ)められんかた益(えき)なり。7この世(よ)

は躓物(つまづき)あるによりて禍害(わざわひ)なるかな。躓物(つまづき)は必(かなら)

ず来(きた)らん、されど躓物(つまづき)を来(き)たらす人(ひと)は禍害(わざわひ)

なるかな。(日本聖書協会JBSより)   本稿 天理教教祖傳の128頁〜130頁を参照
                                        
 教祖(おやさま)は、先(ま)ず自(みずか)ら庭(にわ)の中(なか)を歩(あゆ)まれ、

足(あし)がぴたりと地面(じまん)にひっついて前(まえ)へも横(よこ)へも動(うご)か
                                        
なく成(な)った地點(ちてん)に標(しるし)を付(つ)けられた、然(しか)る後(のち)、

こかん、仲田(なかた)、松尾(まつお)、辻(つじ)ます、櫟枝村(いちえだむら)の與助等(よ

すけら)の人々(ひとびと)を、次々(つぎつぎ)と、目隠(めかく)しをして歩(ある)かさ

れた處(ところ)、皆、(みな)同(おな)じ處(ところ)へ吸(す)い寄(よ)せられるように

立(た)ち止(とま)った。辻(つじ)ますは、初(はじ)めの時(とき)は立(た)ち止(と

ま)らなかったが、子供(こども)のとめぎくを背負(せお)うて歩(ある)くと、皆(みな)

と同(おな)じ所(ところ)で足(あし)が地面(じめん)に吸(す)い付(つ)いて動(うご)

かなくなった。と書かれています。
                                        
★辻ます様がとめぎくを背負うて歩くと皆と同じ所で足が地面に吸い付いて動かなくなった。

これはマタイ伝の2節、3節の事である。とめぎくさん背負うて歩くと皆と同じ所で足が地面に

吸い付いて動かなくなったのはとめぎくさんが神因縁があるから皆と同じ所で足が地面で止まっ

たのではありません。 幼子(幼兒)(おさなご)、純水な心、素直な心がないと地場(ぢば) 
                                           
甘露台を踏み止める事は出来ないと言う雛型を付けて置かれた物です。子供の心に成れと言う事
                                      その2へ↑

節分についてその2、役年について
投稿日 1月31日(水)21時29分 投稿者 神一条教本部 [1Cust32.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

   種を蒔いてこそ福は内に芽が吹くのであります。

    男の役年  (四十二才)

   元治元年    一坪四方のつとめ場所できるから
   明治三十九年    教祖 二十年祭まで四十二年

  明治三十二年  夫婦揃うて日の寄進 これが第一物種やから
   昭和十六年      枚方事情終わりまで四十二年

  明治三十八年  台の姉・母出直しから
  昭和二十一年  台赤衣初着まで四十二年

 この年限は月日大神様があちらこちらと連れ歩き見たり聞かしたりして甘露台を
 お育て下された年限である役割見習い。

    女の役年  (三十三才)

 明治八年    甘露台地場踏み止めから
 明治四十年   本席様御逝去まで三十三年

 明治十四年   お里様子供二人連れてお屋敷に伏せ込みの年から
 大正元年    御教祖百十五才理の切れ目、甘露台が西の余分として二十四才
         である まで三十三年

 明治三十八年  台の姉母出直しから        大正十五年、昭和元年は台親様
 昭和十二年   天理教立教百年祭まで三十三年   は三十八才、御筆先七号1の歌

 大正元年    理の切れ目、月日大神様にいだかれて連れて通してもろた年限から
 昭和二十年   昭和二十年は酉の年で引き出し まで三十三年

 大正二年    大西様甘露台橋かけから
 昭和二十一年  台 赤衣初着まで三十三年

 昭和十七年   天照神一条打明場所の看板を上げ仏教、キリスト教、天理神道に
         三教一ツとして打ち出した年から
 昭和四十九年  甘露台親様昇天まで三十三年であった。八月三日誕生から十月三日
         昇天まで三ヶ月目に成ります。 三十三年三ヶ月ここまで月日大神
         様の定められた年限通りでした。
     また、大正十四年に天理教入信より昭和四十九年は五十年です。
しかと聞け日本の元をとき聞かす 筆の先から引き合わせせよ  神代記古記古事記も
 一つ事 おとぎ話や先の知らせや  此の事が今日の此の道今の事  ありし昔の話で
はない  此の話ギイとミイとが始め出し やばん時代は子供同然  泥海でもやの如く
 に暮らし来た 強い者がちケンカばかりで  それ知らず神代は過ぎし事とみる  
これが第一悟り違いや  今日の日は神代始め地場定め 甘露台は天のニニギや(二度仕
 える事)  おしほみみ真の柱と思ひしに ニニギ生まれてゆづり渡すと  ギイ(月
)ミイ(日)の中よりミイが理を受けて  天を照らせし教祖なるぞや(月日の台となり
 て) 天照らす御教祖はだれぞ教祖なる 天の岩戸はここばかりやと(天照らす=天の
思惑を現す)その岩戸外にも一つあるよふに 思ふて居るから何も分からん 教祖がすっ
 と隠れし此の岩戸  扉開いて世界六地に 世界から隠れし教祖道からは 扉開いて
二十五年  (明治二十五年教祖御昇天より二十五年は大正元年百十五才・大正元年より
二十五年は昭和十二年天理教立教百年祭、人間甘露台建設の神の思惑の年でした)

 神一条人間甘露台親様は悪難除け、むほん払い、よろづ助けに出て居られます。
子供の時からお助けをされて居られました。 厄払い、むほん払いに是非参拝して下さい。

     よくよくご思案し、心定めて下されや。  以上お伝え致します。

節分についてお伝えします
投稿日 1月31日(水)21時11分 投稿者 神一条教本部 [1Cust216.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

節分とは年越しの事を言います。  二月三日午後一時から節分祭をつとめます。

      福と鬼のいわれ

     福とは

   日々常々の心使いよりおこる。

   徳は実行にあり。実行は誠にあり。真実は至精にあり。

   至精を行う者は人に信用を得る。この心使いによりて即ち

   神も勇んでお働き下さるから福きたる。

      【福】とは=衣を付けて一ツ口より田(四方八方)に神の言葉を

      説く事によりて福きたる。

     鬼とは

   神に頼らず我が気ずい気まま勝手の心よりおこるなり。

   【鬼】とは=角(ノ)をはやして田(四方八方)に心を走(儿)り

      まわり、終りには人に信用も失う事になりて鬼のしっぽの(ム)

      と言う事になるのである。

  つつしむべき事は鬼の心使いを常に使わぬ様に心かける事。

  (めいめいにおろかさ悟れ仕切り知恵   神の心を貫くばかりなり)
                                                          
          巻寿司を丸かぶりする理由

  皆に分る様、味付けした誠(神のお言葉)を切らずに素直に丸ごと受け

  させて頂けば福がもらえると言う事である。

     柊(ひいらぎ)の葉に鰯の目を突き刺す理由

  ひいらぎの意味はものを打つ用具と言う事であります。即ちさいつちと言う

  事であります。(さいつち=木で作った小形のつち)

  鬼が来ればひいらぎの葉先に針の様なもので鬼が目を突かれるので恐ろしい

  と言う事の悟であります。

     短冊の理由

  この短冊は一年中に心がける事を歌で知らせておきます。
  精神がが太くなりて、大丈夫の一年を送る事が出来るのです。
  この福矢の短冊をしっかり説明をして頂く事が第一要であります。
    心の糧として忘れぬ様にせねばなりません。心通り現す鏡であります。 
  七ツの理を持って精神を立て替える為の短冊は神一条を治める道の教え
  であります。「何事も心すまして腹立てず 福は内にて治まりがつく」
  その精神で通るなら、神様は千両も万両もお授け下さるから、倉も立ち
  寿命も長く保つのであります。 大神様の教えに従って御自由用を頂く  その2へ

一日、十五日にあづきがゆを炊く理由
投稿日 1月11日(木)20時47分 投稿者 神一条教本部 [1Cust189.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

      一日、十五日 あづきがゆの理由

  おかゆの理由は  お米に水は 先の七日のお祝いの時と同じ

 あづきとは 世の人が赤飯と言うているごとく、あづきはんは悪気を去り又は邪気を払
 うと言うて月の一日と十五日にはかならず炊いたものである。

  この理由は
 
  天の思惑を明らかにして、照らすので、むほんの根が切れてしまうから、悪気も邪気も
  無くなると言う事である。 一日、十五日にはその月の悪気を払うのである。
  甘露台親様にすがれば、悪気もむほんも払って頂けるのです。    以上

七日七草を祝う理由
投稿日 1月6日(土)20時25分 投稿者 神一条教本部 [1Cust55.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

 新年明けましておめでとう御座います。どうぞしっかり、月日大神様の思惑を聞き分けて
 くださいます様にお願い致します。

    七日七草を祝う理由

    七草とは

     はこべ  (人の心をぬくめる)
     ピンピン草(陰と陽とが合って自由用の音を出す)
     恩ばこ  (みきに多大の実をむすぶ)
     よめな    (秋になるとやさしい花をさかす)
     せり      (ふしから芽が出る)
     なずな    (六台の理を言う雄)
     かぐら両人    本席様・お里様
      七草     (七柱の理である雌)

   上の七色の草をよせてはやす歌は

    とうとの鳥が日本の土地へ渡らぬ先に 七草なづな、七草なづな、七草なづなと
    はやして祝うのである。

   はやす時の道具は「ますかけ」と「ほうちょう」とでこまかく、はやしながら切るの
  である。大体は七色の草を入れるのであるが、ハコベ、ピンピン草、オンバコ、セリ
   の五品はなかなか草の芽が小さいので分からんからなづなと七草の二品を入れておか
  ゆをたくのである。
   (甘露台の道中の道具である)又(道具にたとえて台に入り込むと言うさとし事)
     なづな(雄)七草(雌)かぐら草である。

   七草のおかゆの理由

 お米は誠。御教祖日様に尽くしたしるしに誠真実と御筆先、おさしづにもある。
 誠一ツが天の理。天の理に添うて行くなら、ふみかぶりないと言うのである。
  水とはお里様の本性にて、すなお、やさしい心をたっぷり、たっぷりと入れて老人でも
 子供にでも喜んで頂く事の出来る様に天は昔よりほのめかしてあった。
 此のおかゆの中に七草なづなを入れて七日に祝うのである。

    七日に祝う理由は
 七柱が、世の救済に出たら祝うてかかる普請であると言う事をほの
 めかしてあった。

   (ほうちょう)は七柱切る理

 (ますかけ)は米を一仕切(ひとしき)りとす

 米は甘露台を出す理         以上

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医者の手余り神が助ける
投稿日 10月30日(月)19時31分 投稿者 神一条教本部 [1Cust82.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

   神一条教本部からのお知らせ

神一条の道は帯屋許しは助け道明けから始まります。

早めなりとも、延ばし成りとも自由自在、安産のご守護を

頂いて居ります。

医者の手余り神が助けると仰せ有ります通り神一条教

では結構なご守護を頂いて居ります。

身上でお困りの方は一度、お願いし、お縋り下さい。
                        
★十柱の神様にお願いづとめ 、お助け(甘露台本授け)

★御神水  、 御供さん等で助けて頂いています。

★身上は人間甘露台親様を踏み止める為の心試しの道具です。

★命の元をお知り下さい。身上の時は一人、悩まずに
  
ご相談して下さい。それではお元気にお暮らし下さい。

      有り難う御座いました。  合 掌

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百日さしづからその3
投稿日 10月30日(月)17時47分 投稿者 梅里研究所 [1Cust6.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

明治31年7月14日のおさしづは明治時代の事でない事は分かりますか。神様の話は時
空を越えた話しが沢山あります。私も知らない事がほとんどで、そこが残念な所です。世
界がよりおうてと沢山の人が集まってくれば時空を越えた話が出きる分けです。我が俺が
を取り払いみんなで話し合いができたら、歴史的に詳しい人や色々な専門分野の方々が一
つになれたら神様の話がもっと明白に成って来るのですが、これが出来ないのが残念な事
です。神様の使者とも言えるニュートリノの事がチョット分かり掛けて来た様ですね。
 大工は飯降伊蔵様、お里様夫婦の事であります。お里様が二代大工として昭和一九年申
の年五六才に二代本席として出られた事を知らねばこのさしづは本心から納まらないでし
ょう。 あしきをはろうて助け急き込む 一列すまして甘露台 我が俺がを取って下さい。
 月次祭や大祭の時は七回を三回計21回つとめられます。朝夕は3回を3回で計9回つ
とめられています。前の21回は昭和21年の事、7回の3回は7で切って、3でつなぐ
事、また、昭和31年天理教祖70年祭で神一条教は30年祭だったのです。
3回を3回つとめるのは9回で飯降伊蔵本席は九柱以邪那岐命で左の扉、お里様は十柱以
邪那美命で右の扉でありました。3、3、3、九度(九柱)は本席様の事です。 本席様
はお里様を出すために二十年間おさしづを出されたのです。明治四十年六月九日は三月十
三日から百日でこの明治四十年から四十年は昭和二十一年戌の年の事を月日大神様は伏せ
て置かれたのです。この明治四十年六月九日に本席様が亡くならないと月日大神様の計画
は丸つぶれになるので急き込まれた様です。一度定めた物は先に成っても立つと仰せ有り
ますが、 玉手箱のふた開けするのはお里様の役だったのです。明治二十年からおさしづ
に角目、角目を仰せ有るのですがこれをジグソーパズルすれば確かな証拠として理解出来
る様に成っています。 それが、このよふの地と天とふ形どりて、夫婦を拵え来るでなこ
れはこの世の始めだしと成ります。地は日様、天は月様の型通り本席夫婦を拵え、これは
右、女お里様、このは左、男、本席様、以の事お里様が本席様の理を受けて二生重々の人
間甘露台として出て来るから一列は心澄まして人間甘露台を早く踏み止めてくれとお手振
りをさせて教えて置かれました。甘露台親様からこの事情を聞かせて頂いて心が澄みます
 私がこの様にお伝えしているのは、また天理教本部や信者さんに話しプリントを配るの
は八ツ 屋敷の土を掘り取りて 所変えるばかりやで とか五ツ 何時何時までも土持や
まだあるならばわしもゆこを実行しているのです。これは現場の普請にたとえて理の普請
を教えられた物です。 天理教(応法の道)から神一条の道に理を運ぶ事これが土持と仰
せられた物です。 明治二十一年六月三日のおさしづに前略だん〜たちきたる(年限が)
判然理分かりがたない 是から天理運ばねばならん、世界事情 世界ある道はいらんせい
でもよいものや通るに通られん(人間思案の心では)世上(天理教)理に迫る一寸一つさ
しづいつ〜までの事情 後略と仰せ有りますし二行目前には急き立てたる理、早く甘露台
珍しい事言いかけ、又、始めかけ甘露台一条世界に有る事はいわんと言ってあります。
天理教本部に伝えても調べないし、本科や専修科に行けば門前払いされます。渉外課には
五年前から訪ねていますが音沙汰なしです。これは大変だ。ノアの方舟の話に成ってしま
いそうです。
 
 みかぐら歌、御筆先の歌の理ぜめをしますと完璧な答えが出ます。 
それにおさしづや泥海古記を加えますと違うとは言えません。成る程
ナ〜と口をついで出ます。天保九年から月日大神様の定められた年限
をくれば貴方のおっしゃる通りですとしか言えません。これが神一条
の道の教えです。聖書も経文も古事記、神話、古典、論語、物語、お
祭、天体、文明までも神一条人間甘露台親様の事を示していました。
 此は凄いです。以前にもお伝えしましたが、ノアの方舟とか京都で
八月十六日に五山の送り火(大文字焼き)の舟形を焚くのは世界助け
の舵取りをして居られたお里様の事をほのめかして置かれたものだそ
うです。お里様が再生されて人間甘露台としてよろづ一切を解きに来
られた時の確かな証拠の一つでありました。人間甘露台親様を踏み止
める為の物です。 聖書中のノア記のノアの方舟と雛型木の甘露台の
屋根が雨うたせに成っているのは同じ事を諭してあります。 明治五年
六月二十六日のぢば定め(ぢば踏み止め)と聖書のマタイ伝の第十八
章一節から六節には同じ事を仰せられて居られます。その内また時間
が有りましたら掲示板に書いておきます。また、見て下さいね。 

   今日はこの辺で失礼します。 お読み頂きまして有り難う御座いました。 合 掌

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百日さしづその2
投稿日 10月30日(月)17時41分 投稿者 梅里研究所 [1Cust234.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

御筆先3号69に今迄も神学古記有るけれど 元を知りたる者はないぞやと仰せありま
す。知らないのが当たり前ですのでどうのこうのと申し上げる事もない訳です。
 そのはずやといて聞かしたことわない 知らぬが無理ではないわいなと仰せ有りますか
らね。我々人間が一人、一人説いていったら千筋の道が出来るのでまとまりがつかなくな
るから人間甘露台を出し二代大工と定められてひとすじに神様の思惑を解かれ道案内をす
るのが第一の目的ですからこの甘露台親様を用いず、夜も寝られんほど会議をしても月日
大神様の思惑と違っていては砂上の楼閣に成ってしまいます。拵えをするのはしばし待ち
てくれ 泥水中にはめるごとくやと成るのではないでしょうか。 それを止めるために明
治四十年までさしづをだされまた、神の機械、人間甘露台、月日御教祖様の入り込みの宮
を出され人間甘露台親様に入り込まれて昭和十七年午の年から神様の思惑を伝え止めに出
ているが一向に親の思惑が分からないのが残念で有るとの事です。
 神の機械あるか。あらしょまい。(天理教には)神の機械は、年限の
理続くが神の機械である。これ一時に聞き分けて今日に返事して来い。
  神の機械は月日御教祖様の入り込みの宮であり、ぢばを仰せ有り、ふでさきは筆に記し
た先の出来事ですので、この赤い着物をなんとおもている 中に月日がこもりいるぞやは
御教祖中山みき様のお立場を示されたものでなく、人間甘露台親様に入り込まれて神様
の思惑を伝えられる時の事を先に書き残されたのもで有る事が理解出来ないと神様の思惑
は分かりません。甘露台親様は神の機械で名代、代理、人間の代表であります。
  チョットくどいかな。   簡単な事から行きましょうか。
   よろづ代の世界一列見晴らせど 胸の分かりた者はない
  これをお手振りして下さい。      扉を開くこと分かりますか。
子供可愛い故親の命を二十五年先の命を縮めて今から助けするのやでと聞いて居られます
ね。     明治二十年二月十七日(陰暦正月二十五日)夜のさしづに
さあ〜すっきりろくぢに踏み均すで。さあ〜扉を開いて〜、一列ろくぢ。さあろくぢに踏
み出す。さあ〜扉を開いて地を均そうか、扉を閉まりて地を均らそうか 〜。
  一同より『扉を開いてろくぢに均し下されたい』と答う(伺いの扇この時開く)
 成る立てやい、どういう立てやい。いずれ〜〜引き寄せ、どういう事も引き寄せ、何で
も彼でも引き寄せる中、一列に扉を開く〜〜〜。ころりと変わるで。と仰せ有りました。
   二十五年命を縮め、助けを急ぎ、扉を開いて世界をろくぢに踏み均しに出た。 
     と仰せありますのは扉を開いたらどの様になりましたでしょうか。
 十二下り目の一ツ 一に大工の伺いに 何かの事も任せ置く  でしたね。
 本席としておさしづをお出し下されました。 左の扉を開いて明治二十年から四十年六
月九日迄ですね。 本席夫婦は天の両扉で有る事を知らなければ、みかぐらに節を付けて
歌い上手に踊れても門前の小僧習わぬ経を読むとなりますね。御教祖様から教えて頂いた
おつとめを月々、また、毎日つとめていれば陽気暮らしが出来ると思って居られたらこれ
は大変な事になります。これが胸の分かりた者はないのお手振りの内容です。
おさしづにさあ皆用いるか、用いるか  用いるか。用いらねば世界へどうして詫び
するか 〜。と有りました。お手一つ間違っても宜しくない、命と引き替えや
とか命の切り替えをするそうです。 これは大切なお勤めですね。何故大切かと
言いますと左の扉を開いて二十年間、苦しい中からでもお言葉を出されたのは今
度一日の日が来たら右の扉はお里様を再生させて月日御教祖様が入り込まれてよ
ろづ一切を解きに来らた時の証拠を残されたものですから。確かな証拠無くばい
かんでとか証拠無ければ危うき事だからです。十二下りにはそう言った大切な事
が伏せ込まれているのです。これらのふたを取るのが人間甘露台の役目です。
明治三十一年七月十四日のおさしづに 前略 たちや数えてみよ 皆かりや建てにたてかへ
今日はどこにもかりや 仮や ほんに成程という誠の誠の連れて通りた一人順序の理(お
里様)があるわい  中略  裏かじや表大工聞き分ければ神が守護、十二下りの止めは大工、
 これさへ聞き分けたら苦労したいと云うてもでけんが神の守護、十二下りの止めは大工、
裏かじや、表大工といへば なんやろと云ふ さあ〜言葉を台にして身の内入り込む 言葉
を出す 今日やきのふの理で言葉を出せるか 出せんか聞き分けどれだけの賢いのやとひ入
れたのやない元を思へ(元治元年)土の中に種をおぼりた話順序つけたる 中略  分かり
て知っている者は知っているだけ知らん者に聞かしてやってくれ一声だけでも年限の後に
はこういう事があったと知らしてやってくれ、 知らん者は無理もない そこでむつかしき
事いふのやない 何年後、私は そこ迄は知っ てゐる それから後は知らん事は順序席(二
代本席)に尋ねてくれ 時々の理をもって順序さとす さとせばわかる これでわかれば 一
つ一つとりまとめてくれるがよい(聞き分け出来たら)元治元年から大工夫婦が出て来ら
れて日の寄進されました。これが種です。裏かじやとは梶本家の事ではありません 御教
祖様の世界助け船のかじ取り役をして居られたお方でお里様の事です。   その3へ↑

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百日さしづその1
投稿日 10月30日(月)17時36分 投稿者 梅里研究所 [1Cust195.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

明治40年3月13日百日さしづからその1
  陰暦正月二十九日 午前八時三十分 平野楢蔵とお話有りし時俄に刻限の話

  一萬二千足らんと聞いた。そんな事でこの道どうなるぞ。 これでは働けるか働けんか
さあ(〜〜)しっかりせい。教祖にこの道譲(ゆず)りて貰(も)ろたのに、難儀(なん
ぎ)さそうと言うて譲(ゆず)りて貰(もろ)うたのやない、言うて居た日あるのに、何
と呆(ぼ)けている。 さあ〜今日はどういう話仕掛けるかも分からん。さあ皆用い
るか〜(〜)。用いらねば世界へどうして詫びするか〜。これ知りて居るか。年限
数えてみよ〜  いつまでこんな事通るか。道は、皆継ぎ目あるで〜 継ぎ目知り
て居るか。知らずに何と呆けて居る  〜。 皆んな取り損(ぞこな)いしている
〜。 教祖という道内から潰(つぶ)して居る。世界の道で立ってあるか 〜。
 学問で立つと思うか。さあ〜世界の機械は何時(なんどき)なりとある。何時
なりと買えるで。 神の機械あるか。あらしょまい。 神の機械は、年限の理続
くが神の機械である。これ一時に聞き分けて今日に返事して来い。さあ手の空いた
者席運び 〜 〜 今一席つれてこひ さあ〜決まるものきまつてこひ〜。早くこういう決
まりして来たというて来ひ 〜。 後略

さあ皆用いるか、用いるか  用いるか。用いらねば世界へどうして詫びするか 〜。
と仰せ有りますのは、明治二十一年のおさしづで甘露台は人間である。話しする、
さしづすると仰せ有ります。おさしづ通り人間甘露台を用いるかと言われている
のであります。もし、さしづ通り月日大神様の定めた人間甘露台を用いなければ
世界にどうお詫びするか。 もう今では取り返しは出来ないと思われます。
一点の理は年限の理で分けていると仰せあります通り神一条の道は年限証拠が有
ります。  一歩一分一厘違わぬ指し金、通り出られました。

神一条教は医者の手余り神が助ける。嘘はないで試しして見よと仰せあります。

 ★ 道は、皆継ぎ目あるで〜 継ぎ目知りて居るか。知らずに何と呆(ぼ)け
  て居る 〜。道の継ぎ目はHPの神様の思惑の所で記した通りですが、

 もう少し詳しく記しましょう。 ひな形の道、道理上の道、神一条の道の事で、これを
 三段事情と言うそうです。
一段 ひな形の道 御教祖様 天保九年の戌の年から明治二十年亥の年まで、五十年間
      (中 山 み き 様)
二段 道理上の道 本席様 明治二十年から明治四十年六月九日まで、二十年間
      (飯 降 伊 蔵 様)
三段 神一条の道 人間甘露台(前世はお里様再生して今生名をくにと言う、米谷くに
玉水仙) 昭和十七年午の年から昭和四十九年寅の年十月三日まで 三十三年間
 末代のだめの教え(教え始めの教えじまい)、我々のひな形、基準、目標、人間甘露台
 は岐美一体として猿女の君として中宮に治まる。世界の第一の参り場所と成る。
 初代本席様逝去後は応法の道 上田ナライト様は授け一点手伝い明治四十年六月九日以
降大正七年まで十二年間、大西愛治郎様は橋掛け事情(裏の真之助役)、ほんみち、大正
二年から昭和十六年まで、不敬罪で監獄にご苦労、三千九百九十九=30年間、勝ヒサノ
様 天理三輪講 昭和八年から昭和十六年まで九年間、甘露台親様が柴小屋で学びされた。

 ★教祖という道内から潰(つぶ)して居る。世界の道で立ってあるか〜。 学問
 で立つと思うか。
 天理教(応法の道)は大変立派な建物を建てられ意気揚々として居られます。世界中に
出店、露天商と言う教会を建てられ世界助け、陽気暮らしを目指して努力、頑張って居ら
れる事は大変敬服いたします。大変立派なもので御座います。ご苦労様です。
 こんなに頑張って居られるのに教祖の道内からツブシテ居るそうです。
 大きな建物を建てて迷いの台にするなとか幾度、幾たび建て変わりても理は同じ事、 
 この理はずしたら神に向かうも同じ事などと仰せ有るのは何故でしょう。  
たてや数えて見よ、皆かりや建てに建てかへ、今日はどこにもかりや仮やとも仰せあり
ます。 火水流れ河土俵積んで(建物建て)もう安心やと思うやろう 俄に大水がつく
(神様のおさしづ)どんと流れて三千世界を一度に照らすると仰せ有ります
                                その2へ↑

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中秋の名月と月日大神様の思惑その4
投稿日 10月7日(土)15時27分 投稿者 梅里研究所 [1Cust253.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

   中秋の名月と月日大神様の思惑を総合しまして、大切な事を忘れていました。

 私達は、月日大神様のぬくみと水気の五分五分の素晴らしいご守護頂き、月日大神様の
ふところ住まいをさせて頂いている。火水風また、土を使わせて頂いている。有りとあら
ゆる物を貸し与えられて使わせて頂いているのであります。借り物であります、これに感
謝しなければ成りません。努力に応じて知恵と力を貸して頂き、それぞれ生かし合って生
かされている事を認識して有り難う御座いますと感謝の心を忘れず、月日大神様のお陰で
結構に生活させて頂いている事を心にしっかり納めて暮らさせて頂く事が大切ですね。 

とにかく感謝、感謝、有り難う御座いますとお礼を申し上げる事が一番です。特に火水は
粗末にしない様に気を付けなければ成りません。身体は大神様からの借り物であり心一つ
が我がの物、生かされて生きている、心の自由が許されているだけです。借り物ですから
大切に喜んで使わせて頂く事が大切です。粗末にしたらもったいない、もったいない。 
申しわけないですね。真実が腹に蓄え無き者は水に流され風に飛ばされると聞いて居りま
す、大切に真実誠の徳を積んで置きましょう。また、因縁ならば通らにゃならん通さにゃ
ならん通ってその身を果さにゃならんとおさしづで仰せ有ります。これは神一条でこれ我
が事です。私達は月日大神様に直接に接触が出来ませんので南無天照皇大神宮親様をかい
してお願いする訳です。それは御筆先六号52イザナギとイザナミとが一の神これで証拠
の大神宮なりと仰せの通り月日大神様の入り込みの宮で元の神、実の神、これを国体とも
言うと以前にお伝えしました通りです。こうして真実の神が出ているから八百よろづの神
様を唱えてもご守護が無いわけです。甘露台親様はお慈悲ですから親様のお目に叶ったら
助けて貰えるかも知れません。お百度を踏んで気が晴れたら良いのですが、また、何処そ
こに参った、教会に行ったとしてもこれは気休めで良いかも知れませんが、そうは参りま
せん、今迄なんらの守護して来たがこれからは守護しないと仰せ有りますから。守護を頂
きたかったら(助けて貰いたかったら)神様の教えを守る事ですね。そうしたらご守護を
頂けます。 守護と言う字は守る護ると書いてあります。神様の教えを守ったら護って上
げましょうと仰せあります。 神様の教えを知って居られましたら教えを守れますが知ら
なかったら守りようがありません。 これを知って南無天照皇大神宮様助け一条の親神様、
南無甘露台親様と唱えたら大難は小難に小難は無難にお助け下さる。と伺っております。
 聖書では『父は誰も裁き給わず、裁きをさえ皆子に委ねたまえり』と仰せ有ります。
蛇足ですが、大国主の神とは大は一人、国は甘露台親様の名前です。主は聖霊であります
月日大神様の事で人の子である国様に任せたとの事です。天御中主命(あめのみなかぬし
のみこと)は中は甘露台親様の事で、天の思惑は甘露台親様に天の命令通り全て任された
との事であります。甘露台親様を天照大御神様と同じ御床(みあらか)の内に齋祀(いつ
きまつ)れとも仰せ有ります。全てが一つに纏まる様に仕組まれて居ります。

 神一条では台風の時はむほん払いと風除けの甘露台授けつとめをさせて頂き、お願いつ
とめを勤めさせて頂くごとに風力を弱めて頂いたり、風向きを変えて頂いて居ります。
雨が多い時は雨あずけを旱魃の時は雨乞いのおつとめで自由用自在ご守護を頂いて居りま
す。何も恐れる事はありません。始めは安産から始まります。HPの腹帯の理由を参照し
て下さい。または、神一条人間甘露台の本の124頁から139頁まで見て下さい。
 農業では実りの時他の農家の畑のリンゴや果物がボロボロ落ちても神一条を信仰されて
いる農家の果実はたいして落ちず、喜んで頂いて居ります。 果実は形、味もいい結構な
物です。神様の思惑を知るか否か、また守るか否かで人生が天と地ほども変わります。
 遺伝子の組み変えなどは必要ないと思われます。 天然自然に行きましょう。これから
はよくよく思案をしなければならないと思われます。 研究、努力するのは良い事ですが
人間方法手段を優先させるとまた、また弊害が起きると思われます。
   折角、肥のお願い、芽出し、虫除け、稔りのお願い勤めが教えられているのに使わな
いのは勿体ない事です。神様は効くか効かぬか、試ししてみよと仰せあります。嘘か本当
か試ししてみたら良いと思います。効くで効かすでとも伺っていますので楽しみですよ。
 是非、試して下さい。 自然農法、有機栽培をされている方は特にお勧めです。
   それから、医者の手あまり神が助ける、これも神一条教本部ならでわの事です。
真似が出来たら真似してみよとも仰せあります。某教団では神様が働いて下さらないので
東洋一の設備を誇るとかで直して貰おうとしています。泥海古記を見ていない証拠ですよ
ね。おさしづも都合の良い所しか使って居られないのが見え見えです。困った物です。
聞き分けないのが神の立腹、後で後悔無き様にせよとも仰せありました。
    有り難う御座いました。これで大和里に致します。 次回をお楽しみに!
  次回は明治40年3月13日の百日さしづの道の継ぎ目、世界どうして詫びするか、 
 教祖の道内からつぶしている。等をお伝えする予定です。有り難う御座いました。
     ここまでお読み頂きまして有り難う御座いました。

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中秋の名月と月日大神様の思惑その3
投稿日 10月5日(木)01時02分 投稿者 梅里研究所 [1Cust168.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

68この話し何処の事ともしれんでな 世界中は皆我が事やで69一列にこどもはかわ
 いばかりなり どこにへだてはさらになけれど(大神様から見れば世界中は皆可愛い子
 供でありわけへだてはないが)70しかときけ心ちがゑばぜひがない そこでだん〜て
 いれするのや(しっかり聞け親の言う事聞かない者は仕方がないから手入れするのや)
 71この事は高山にても谷底もゆだんなきよに心定めよ(これは高い所も低い所も一列
 に掃除にかかるから油断しない様しっかり心決める様に)72さあたのむなにをたのむ
 とおもふかな はやくなりものよせてけいこふ(早く身上事情の者をよせて甘露台にお
 願いつとめをせよ)73これまではどんな事でもじいくりと まだおさまりてゐたるな
 れども(今迄の道中はどんな事でもじっと治まっていたけれど)74もふけふはなんで
 もかでもはやばやと つとめせへねばならんことやで(今日(昭和48年の事)はなん
 でも早く甘露台つとめせねばならん時である)75いままではどんな事でもだん〜と 
 いろ〜たのみかけてあれども(昭和二十一年よりだん〜人間甘露台の事を頼んでいるが)
 76なに事をたのんだとてもたれにても 聞き分けがない親の残念(人間心がはびかり
 て神の思惑の分からんのが残念である)77この度の残念くどきのこのはなし どふぞ
 しいかり聞き分けてくれ(この度の神の残念のこの話しをどうか人間心のけてしっかり
 聞き分けてくれ)チョット長く成ってしまいました。ここでのメーンは六十七番の歌

 67親の目に残念の者はなんどきに 夢見た様に散るやしれんで(人間甘露台の御心に
 そわぬ者は何時掃除にあって散ってしまうか分からない)この歌を伝えたかったわけで
 すが前後の歌が分からねば月日大神様の思惑は理解できないのでしっかり聞き分けてく
 れと言う所迄必要なので歌の理をお伝えしました。 御筆先十号16このひがらいつご
 ろなるといふならば たあのしゆりをしまいしだいに 田(疑いの心をなくし人間甘露
 台を踏み止める事が出来たら)の修理とは心の泥を取り次第にとの事だそうです。  
 思いも寄らぬ泥を吐くとも仰せ有ります。
 
  どの様な難しい事を知っても、おさしづに書き残されてある事を知らねば、また、おさ
 しづに従わない限り神様の思惑が立たない分けです。一日成りと日を延ばして待って下
 されていますが、神様の思惑では昭和二十一年と五年後の昭和二十六年だった分けです
 今年は数えの五十年になります。  六月二十六日の天理教の月次祭のおつとめの最中
 に木の甘露台を某教会の信者さんに倒されました。五十年の年限で五十年の理の立て直
 しの旬に来ている事を聞き分けて頂きたい。五十年・五十五年遅れています。
 
  人間甘露台親様は昭和二十一年戌の年十二月十日に赤衣発着されて人間甘露台宣言され
 ました。それから昭和四十九年十月三日に昇天されました。この間二十八年であります。
 これは月の公転は二十八日で有りましてこれを一日を一年と取れば二十八年になります
 。また、昭和十七年に天照神一条打明場所の看板を上げて神一条が再び始まってから
 昭和四十九年まで三十三年です。これは女の役年は三十三年ですのでこれも年限が一致
 します。
 ノストラダムスの予言とされる1999年七の月は1+9+9+9=28に成ります。
 甘露台在籍は二十八年間でした。七の月とは七柱大食天命の役目の事で、言玉吹き分け
 の神の事で三大天啓の角目を解いて下されて、基準、標準と我々のひな形を作って下さ
 れました。また、世界のむほん払いと悪難除けに出現して下されたのです。
  七柱は表貴門になります。真佛であります弥勒の出現された方角です。虚空蔵菩薩は牛
 の年で甘露台親様は明治二十二年丑の年生まれでした。 昭和四十九年甘露台親様が昇
 天されて来年の平成十三年は二十八年祭に成ります。十三は十分身に付くと言う意味で
 大神様の思惑通りにされている人は徳が身に付き気侭勝手を通されて居られる方は身上
 や事情が身に付く事を仰せ有りますのでご思案して頂きたいのです。
   年限は大神様の示された一歩一分一厘違わぬ指し金の通りですので日延べせづ聞き分
 けて人間甘露台親様を踏み止めて下さい。 よふき暮らし、安心立命の出来る世界に立
 て直して頂く様皆力を合わせて参りましょう。
 
   宗教とは御親の教えで一貫した事が書き残されて居ります。 我々が銘々勝手に解き
 ますと千筋に成ってしまいますが、大神様の思惑の人間甘露台親様が解かれますとひと
 すじにまとまります。 どうぞ御研究してよくよくお調べ下さいます様お願い致します。
  分からない所はメールかFAXでお尋ね下さい。

http://www.kaiichijyou.org


中秋の名月と月日大神様の思惑その2
投稿日 10月4日(水)17時54分 投稿者 梅里研究所 [1Cust169.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

中秋と持って来た分けは秋の中頃ではなく、中は甘露台の事でこの甘露台は秋の淋しい
 状態、世の中が荒れすさみ手も付けられない状態、寂しい世の中をたとえられた物で、
 この時になったら世界中に甘露台を出せと言う事です。今の世界は戦国時代の野蛮な世
 界に酷似しています。  御筆先六号
 13 なにもかもあきをあいづにみえかける   よふきづくめにはやくかかれよ  
 14 世界中おふくくらするそのうちは     一れつはみなもやのごとくや     
 15 にち〜にすむしわかりしむねのうち せへじんしだいみへてくるぞやと仰せありま
 す。 秋を合図には明治二十年五月九日(旧四月十七日)午後九時 刻限おはなし 
 さあ〜一寸刻限はなし、さあ〜どういふ事、どういふ道がつくやらわからん、忙しいど
 んな道がつくやらちやんとわかりてあるで、なんどきやらわからんで、多くの人数がい
 るで、さああっちもこっちも忙しい手がたらん、十分の道どんと大きな道をつくりやち
 やんとそなえをつけて、おかねばならんで、こんどはめずらしい道やで、さあたのし、
 どういふ水が出るやら、流れるともわからん、なにもかも〜秋をあいづにどんな事もみ
 な〜此のはなししておかねばならんで。

 明治二十一年十一月一日(旧九月二十八日)刻限おはなし(本席様お休み後午後九時)
 さあ〜〜〜めづらしい〜めづらしい事を云ひかけるで〜さあ〜これ〜秋をあいづと是ま
 でにだん〜といふてある、秋をあいづにみえかけるで、さあ〜ふるいはなしや、いつの
 事やと、おもふたであらう秋をあいづに是迄のはなしやで、だん〜はなしかけ年が明け
 けたらいろ〜や、年が明けたら、何時迄もはじめ、はじめかけたらいつまでも年が明け
 たら一日の日がある、一日の日とも、わからん、年を明けたら一日の日、おさめるもそ
 の日、始めるもその日、いつのこととも、わかりやせん、一日の日始めかかける、一日
 の日にしまひする、其の日はわかるまい〜いつまでもたのしみや〜といふてきた処、長
 いはづや〜たった一ツの所より、だん〜はじめかけ、十分年限たってまたはじめかけ 
 年が明けたら一日の日があると咄しておく咄しかけたら、一日の日がある、いつ〜迄の
 道、長い道たのしみや、ふかい一ツの理をきかそう、一寸一つのはなしかけ、一寸一つ
 の話しかけ。と仰せ有りました。 これは昭和二十一年と昭和二十六年の事を仰せ有っ
 た様ですが年限を転じ変えると仰せ有りますので三度目は昭和四十七年で有り、今回、
 平成十一年、十二年、十三年が三日に成ると思われますが、三カ年の模様中五ヶ年から
 普請に掛かると成りますればプラス二年に成るかも。 天下火の雨海は津波やまだ あ
 る三日有ると伺っていますので世紀末の今、天災地変や突拍子もない事件、事故やクー
 デターもどきも世界中で見られるからであります。世界の大掃除に掛かって居られるの
 が良く分かると思われます。世界の人類の大半は露の如く、藻屑と消えるとも仰せ有り
 ますので気を付けなければならないと思われます。 

 御筆先十五の53〜77このつとめどんなものでもしやんせよ これ止めたなら我が身
 止まるで(この甘露台つとめを止めに来たら自分の息が止まる。54このよふを始めか
 けたも同じ事 ない人間を始めかけたで(昭和二十一年戌の年は此の世始めた時と同じ
 様に今迄にない人間甘露台 神一条の道を始めかけた)55これさいが始めかけたる事
 ならば どんな助けも皆受けやうで(人間甘露台が出現したらどんな事も皆引き受けて
 下さる)56この事はしいかりしょちせんならん こら止めたならすぐにしりぞく(人
 間甘露台の事をしっかり承知せねば うたごうてこれを止めたらすぐに息が止まる)
 57今迄は高山やとてけん〜と ままにしてゐた事で有れども(今迄は高い所にいるか
 らと人間勝手心で自分の好きな様にしていたが)58これからは如何ほど高い山でもな
 谷底ままにさらにでけまい(これからはいくら高い所にいる者でも谷底(神一条)を
 自分の思い通りには出来ない)59このさきは谷底にてはだん〜と おふくよふきがみ
 えてあるぞや(これから先は谷底(神一条)に用木が見えてある)60だん〜とよふぼ
 くにてはこのよふを  始めた親が皆入りこむで(用木にはこの世始めた月日大神様が
 入り込み)61このよふを始めたおやが入り込めば どんな事をばするやしれんで(月
 日大神様が人間甘露台に入り込めばどんな事をするか分からない)62どのよふな事を
 したとれあんじなよ なにかよろづは親のうけやい(どんな事をしても心配するな な
 にがあっても人間甘露台が引き受けて下さる)63この事を早く心にしいかりと 定め
 を付けておいてかかれよ(この事をしっかり心に納めて助け一条に通らせて頂く様) 
 64けふまではどんな道やら誰にても 知りたる者はさらになけれど(昭和二十一年よ
 りの道中)(神一条人間甘露台の道を知っている者はなかったが)65もふけふはしん
 の心をだん〜と 皆あらわすでしよちしてゐよ(昭和四十八年の事)(もう今日はだん
 〜神の御残念が現れるから承知している様に)66親の目にかのふた者はにち〜に だ
 ん〜心勇ばかりや(人間甘露台の御心にそった者は日々に御自由用を頂いて心が勇むば
 かりである)67親の目に残念の者はなんどきに 夢見た様に散るやしれんで(人間甘
 露台の御心にそわぬ者は何時掃除にあって散ってしまうか分からない) その3上へ

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中秋の名月と月日大神様の思惑その1
投稿日 10月4日(水)12時12分 投稿者 梅里研究所 [1Cust55.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

            中秋の名月と月日大神様の思惑
  秋の満月の夜(十五夜お月さん)にススキや秋の草花と団子(米餅)を供えてお月様
  にお礼を申し上げる行事です。
   月様は八尺の水鏡で太陽(日様)の光を天が下に照らして下されております。
   詳しくはHPの十柱の神様のご守護の所を参照して下さい。

  一柱 国常立命様は天にては月様、世界にては水の元、人間身の内にては目胴潤いの
 ご守護神で有ります。 (國學院、日本神道では国の常立命)

  前にも触れましたが、月様は新月から満月そして終月と二十七日と七時間掛けて公転し
 ています。 地中は水と氷が有るそうです。 陰暦二十八日、何時種を蒔けば芽が出る
 かを教えて下さっております。月は太陽の光と一ツになってある故に、古来女性の表徴
 とされ、太陰と言うのであるが、婦人の月経の周期と月の公転周期とが一致するを見て
 も人類が大自然の神理に対して、絶対に悖ることに不可なるを知るでありましょう。

 この事を知れば絶対に逆らう事は出来ない事を思い知らされます。満月の夜は季節毎に
 いろんな自然現象現れます。これはまさしく月日大神様の働きです。 海水が楕円に膨
 れ上がったり、河の流れが逆流したりと、もの凄い力を見せつけられます。また、精神
 的にも異常をきたしたりもします。 引き潮、満ち潮によって出生と死亡がコントロー
 ルされています。 ついでに二柱 面足命様は 天にては日様 世界にては火の元地軸
 の真、人間身の内にては温みのご守護神で有ります。   私達、人間は365日、 
 36.5度Cの体温を頂いて生かして頂いて居ります。 私達人間も夜昼変わらぬ息を
 貸して頂いて生かされているのです。私達は月日の子供であります。 肌の色が違って
 も言葉が異なっても世界中一列は皆、兄弟姉妹であります。 ここまでお伝えすればお
 分かり頂けると思いますがもう少し詳しく知りたい方は聞きたくば訪ね来るならゆうて
 聞かすと言う事にさせて頂きます。 世界の争いを止めるには元の神、実の神を伝え火
 の元、水の元、また、命の元を知って頂かなければ止める事は出来ないと聞かせて頂い
 て居ります。 月日大神様の働きを十本の指で教えて下されております。HPの十柱の
 神様のご守護を参照して下さい。 十本の如く皆つながないと治まらないそうです。
 明治二十年一月十三日おさしづに  さあ〜月日がありてこの世界有り、世界ありてそ
 れ〜あり、それ〜ありて身の内あり、身の内あり律あり、律ありても心定めが第一やで。
 と仰せあるのが確かな証拠であります。真実というは火、水、風との事で火の元は日様、
 水の元は月様、火と水で風が起きます。これを南無(日本)と唱えさせて置かれました。

 天理御教祖様は八百万の神様を十柱の神様に集約して教えて下さいました。これも月日
 大神様の働きを八柱にたとえて教えて下さり、使った道具に神名を付けて置かれた物で
 あります。八百万の神名は南無天照皇大神宮であり本物の天皇の猿女の君様の役命とか
 助け一条の上での精神等を表した物だそうです。仏像の八万四千体も同じ事だそうです。

 また、お釈迦様、菩薩、如来は蓮の花の上に乗っておりますので南無妙法蓮華経と唱え
 らさせておかれました様に蓮の花が出てきます。 蓮は泥田に花が咲きその根を蓮根
 (レンコン)と言います。 この根を横に切りますと大きな穴が十個 明いています。
 これは十柱の神様のご守護を頂いて後光を指す事を仏像に作って示された物だそうです

 仏教から言いますと弥勒菩薩が月日灯明台として出られた時の事を示された物だそうで
 す。キリスト教ではキリスト・イエス、人の子は七ツ星七ツの金の灯台として出られた
 れた時の事を示された物だそうです。天理教では人間甘露台として猿女の君が出られた
 時の事を示された物だそうです。それぞれたとえ話しをされてほのめかしておかれたと
 の事でした。泥田とは今の世界の様子を表現された物です。また、元治元年頃は泥海そ
 のもので其の中から飯降伊蔵・さと夫婦、真実の誠の種、苗代(うおとみ)を引き寄せ
 られたもので古記話しにしっかりと書き残されています。
 
  猿女の君とは岐・美の一粒種の事です。 みかぐら歌のこれはこの世の始めだしとお手
 振りをされたらよく分かります。お里様が本席様の理を受けて二生重々の台として出現
 する事が伏せてあります。 一に大工の伺いにと歌っただけで神因縁のある人は気が付
 くはずです。 おさしづを出した方は本席様だ。このおさしづは月日御教祖が入り込ん
 での伺いだ。 これに御筆先とみかぐら歌を引き合わせると月日大神様の思惑、計画が
 手に取るように見えて来る、如何にしてよふき暮らしの世に立て替えるかが見える分け
 です。欲の深い人、強欲の人、強情な人には分からない様にされています。また、神様
 の思惑がわかれば豪気、強欲を出す者はないと伺っています。  その2上へ↑

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中秋の名月と月日大神様の思惑その1
投稿日 10月4日(水)11時56分 投稿者 梅里研究所 [1Cust15.tnt4.osa1.da.uu.net] 削除

          中秋の名月と月日大神様の思惑
  秋の満月の夜(十五夜お月さん)にススキや秋の草花と団子(米餅)を供えてお月様
  にお礼を申し上げる行事です。
   月様は八尺の水鏡で太陽(日様)の光を天が下に照らして下されております。
   詳しくはHPの十柱の神様のご守護の所を参照して下さい。

  一柱 国常立命様は天にては月様、世界にては水の元、人間身の内にては目胴潤いの
 ご守護神で有ります。 (國學院、日本神道では国の常立命)

  前にも触れましたが、月様は新月から満月そして終月と二十七日と七時間掛けて公転し
 ています。 地中は水と氷が有るそうです。 陰暦二十八日、何時種を蒔けば芽が出る
 かを教えて下さっております。月は太陽の光と一ツになってある故に、古来女性の表徴
 とされ、太陰と言うのであるが、婦人の月経の周期と月の公転周期とが一致するを見て
 も人類が大自然の神理に対して、絶対に悖ることに不可なるを知るでありましょう。

 この事を知れば絶対に逆らう事は出来ない事を思い知らされます。満月の夜は季節毎に
 いろんな自然現象現れます。これはまさしく月日大神様の働きです。 海水が楕円に膨
 れ上がったり、河の流れが逆流したりと、もの凄い力を見せつけられます。また、精神
 的にも異常をきたしたりもします。 引き潮、満ち潮によって出生と死亡がコントロー
 ルされています。 ついでに二柱 面足命様は 天にては日様 世界にては火の元地軸
 の真、人間身の内にては温みのご守護神で有ります。   私達、人間は365日、 
 36.5度Cの体温を頂いて生かして頂いて居ります。 私達人間も夜昼変わらぬ息を
 貸して頂いて生かされているのです。私達は月日の子供であります。 肌の色が違って
 も言葉が異なっても世界中一列は皆、兄弟姉妹であります。 ここまでお伝えすればお
 分かり頂けると思いますがもう少し詳しく知りたい方は聞きたくば訪ね来るならゆうて
 聞かすと言う事にさせて頂きます。 世界の争いを止めるには元の神、実の神を伝え火
 の元、水の元、また、命の元を知って頂かなければ止める事は出来ないと聞かせて頂い
 て居ります。 月日大神様の働きを十本の指で教えて下されております。HPの十柱の
 神様のご守護を参照して下さい。 十本の如く皆つながないと治まらないそうです。
 明治二十年一月十三日おさしづに  さあ〜月日がありてこの世界有り、世界ありてそ
 れ〜あり、それ〜ありて身の内あり、身の内あり律あり、律ありても心定めが第一やで。
 と仰せあるのが確かな証拠であります。真実というは火、水、風との事で火の元は日様、
 水の元は月様、火と水で風が起きます。これを南無(日本)と唱えさせて置かれました。

 天理御教祖様は八百万の神様を十柱の神様に集約して教えて下さいました。これも月日
 大神様の働きを八柱にたとえて教えて下さり、使った道具に神名を付けて置かれた物で
 あります。八百万の神名は南無天照皇大神宮であり本物の天皇の猿女の君様の役命とか
 助け一条の上での精神等を表した物だそうです。仏像の八万四千体も同じ事だそうです。

 また、お釈迦様、菩薩、如来は蓮の花の上に乗っておりますので南無妙法蓮華経と唱え
 らさせておかれました様に蓮の花が出てきます。 蓮は泥田に花が咲きその根を蓮根
 (レンコン)と言います。 この根を横に切りますと大きな穴が十個 明いています。
 これは十柱の神様のご守護を頂いて後光を指す事を仏像に作って示された物だそうです

 仏教から言いますと弥勒菩薩が月日灯明台として出られた時の事を示された物だそうで
 す。キリスト教ではキリスト・イエス、人の子は七ツ星七ツの金の灯台として出られた
 れた時の事を示された物だそうです。天理教では人間甘露台として猿女の君が出られた
 時の事を示された物だそうです。それぞれたとえ話しをされてほのめかしておかれたと
 の事でした。泥田とは今の世界の様子を表現された物です。また、元治元年頃は泥海そ
 のもので其の中から飯降伊蔵・さと夫婦、真実の誠の種、苗代(うおとみ)を引き寄せ
 られたもので古記話しにしっかりと書き残されています。
 
  猿女の君とは岐・美の一粒種の事です。 みかぐら歌のこれはこの世の始めだしとお手
 振りをされたらよく分かります。お里様が本席様の理を受けて二生重々の台として出現
 する事が伏せてあります。 一に大工の伺いにと歌っただけで神因縁のある人は気が付
 くはずです。 おさしづを出した方は本席様だ。このおさしづは月日が御教祖入り込ん
 での伺いだ。 これに御筆先とみかぐら歌を引き合わせると月日大神様の思惑、計画が
 手に取るように見えて来る、如何にしてよふき暮らしの世に立て替えるかが見える分け
 です。欲の深い人、強欲の人、強情な人には分からない様にされています。また、神様
 の思惑がわかれば豪気、強欲を出す者はないと伺っています。  その2上へ↑

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天の定規その4高い山から谷底見れば
投稿日 9月6日(水)22時19分 投稿者 梅里研究所 [oskd138.osk.3web.ne.jp] 削除

その3の始めに7×7=49の所、聖書にも申命記第16章9節、民数記 略第二八章
 二六節にも書き残し有ります。日本聖書協会の聖書を持って居られる方は聖書をご覧下
さい。  それ以外の方は神一条人間甘露台の本をご購読下さい。
   その3の下から18行上の月様の事
 月様は公転をして居りまして新月から満月から終月と27日7時間かけて周回する。
 月様父の力を思い知らされるのであります。今月は長月なので名月をお伝えするのも良
 いかなと思っています。
    天の定規150ページ
     高い山から谷底見れば ソレ 瓜やなすびの花盛り・・・!
 本席様はおさしづを出される以外は三才心の低心で教長様を立てて通らたそうです。
  この歌は当時の風習歌で有った様です。
  神一条的に解釈すれば次の様になります。
  高山とは中山家の率いる天理教の事です。
  谷底とは米谷家の率いる神一条教の事を歌われて居ります。
  瓜とは神一条教は似たもの同士で高低がなく一列でろくじで有ります。
  なすびとは婦人会の事を仰せられた。神一条教は婦人で構成されている。
  花盛りとはここでは女性の方が多く集まるので賑やかに華やかな有様を歌われた。
     お道では御筆先に高山が出て来るので上げて見ましょう。
 2号25 高山のをいけにわいたみずなれど でばなはにごりごもくまじりて
      天理教の御筆先はごもく混じり分からない。
30(29)これからは高山いけへとびはいり いかなごもくもそふぢするなり 
41(40)高山に火と水とがみへてある  たれがめいにもこれがみへんか
47(46)高山のにほんのものととふじんと わけるもよふもこれもはしらや
 3号48 高山はせかい一れつおもうよふ ままにすれどもさきはみえんで
   57 高山のしんのはしらはとふじんや これがだいいち神のりつぷく
天理教の真柱は神一条教から刻限を伝えられても分からない。唐人とは神様の思惑が分か
らない人の事です。唐とは空(カラ)の事です。昭和17年から伝えているが真柱様まで
届いていない様です。まるでローマ法王みたいだ。(ファチマ)又々残念が出るでしょう。
   125高山にそだつるきも谷底に そだつるきもみな同じ事 谷底は神一条の事
   140今迄は高い山やといふたとて よふぼくみえた事はなけれど
 4号120今迄は高い山やといふていた 谷底にてはいけんばかりを
  5号 57みえるのもなにの事やらしれまいな 高い山からおふかんのみち
 6号 69高山はなにをゆふてもおもうにも 皆人間の心ばかりで
    72今迄は高い山やとはびかりて なにかよろづをままにしたれど
    92どのよふなたいしや高山ゆだんしな なんどき月日とんででるやら
   115このかやしたいしや高山とりはらい みな一れつはしよちしてゐよ
 三号1この度は門の内より建ち物を 早く急いで取り払いせよとも仰せあります。
  7号 13どのよふな高い山でも水かつく たにぞこやとてあぶなけわない 谷底とは
 9号 21月日よりとびでるとこる一寸はなし 高いところやとふいところへ 神一条
13号 45高山にくらしているもたにそこに くらしていろもおなしたましい  の事
    50月日より真実思う高山の  たたかいさいがおさまりたなら
      97高山でどのよなものがはびかるも このしんじつをたれもしろまい
    109このはなしどこの事ともゆわんでな 高山にてもたにぞこまでも
  14号30けふまではたいしや高山はびかりて ままにしていた事であれども
 15号 58これからはいかほど高い山でもな 谷底ままにさらにてけまい
 17号 61このさきは世界ぢゆうどこまでも 高山にてもたにそこまでも
   このお道と社会は合わせ鏡に成っているそうです。道に有る事は社会にある。
  社会にある事は道にあるそうです。御教祖ミキ様が隠れて114年の今天理教は御筆
 先の通り大社高山その物です。草が茂りて道知れずと言った所ですね。
 高山の天理教の御筆先はごもく混じりで此を掃除して綺麗にしないと神様の思惑が分か
 らないようです。正直に行きましょう。アホとバカが望みや。愚か者では神様に通りま
せんよく、よく思案する必要があると思われます。さて貴方は何時から神様の思惑を立て
たら良いと思われますか。来年からですか。早い方が良いですね。早く真実をつかまれま
して心定めをして下さる事をご期待致しております。   高い山からを大和里ます。

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天の定規と曲尺その3
投稿日 9月5日(火)01時20分 投稿者 梅里研究所 [osks069.osk.3web.ne.jp] 削除

百に女が生まれる。甘露台を助けたいとの仰せでした。この昭和十二年から七年は昭和十
九年になります。弥勒菩薩出現された。 昭和十二年は甘露台親様は四十九才(7×7)
中陰和讃(七七の和讃)もキッチリ年限通りの道中ですた。泥海古記では奈良初瀬七里の
間七日かかりて生みおろし有りも7×7=49年のこと、奈良の大仏は本席様を奉り、 
初瀬の観音様はお里様を奉って拝ませて置かれたそうです。

いろは49文字で最後は牟(吽)京(うんきょう)真言宗では47文字で唱えています。
牟(吽)京は真言秘密の経になっています。昭和十年は台親様は四十七才で天理三輪講に
行かれた。おさしづに柴小屋で学びすると仰せあります。この年は釈迦入滅後二千五百年
に成ります。この年から三年後の昭和十二年丑の年天理教百年祭で甘露台親様は四十九才
でした。御筆先四号の三 この日柄何時の事やとおもている 五月五日に確か出て来る
昭和十二年から(五月)五年は昭和十七年午の年に天照神一条打明場所の看板上げた。昭
和十七年から(五日)五年は昭和二十一年戌の年人間甘露台宣伝されてたしかに牟(吽)
京が出て来ました。今迄の牛の先道おもてみよ 上たる所皆気をつけよ
 十九年申、二十年酉、二十一年戌、猿、雉、犬を家来に世界助け、立て替えに出現され
ました。世界のむほん払いに出たのです。

天輪様念じるは八つの埃十五才よりは明治三十六年甘露台親様の父が出直され大神様のお
仕込みが始まる、この年甘露台親様は十五才これから四十三年は昭和二十一年です。
孔子の論語抄の我十有五にすて学に心ざす。甘露台親様の人生道中を歌われた物です。

 昭和二十年酉の年お里様115才聖霊の切れ目。酉は西から大戸辺命が甘露台引き出し
   昭和二十一年戌の年 人間甘露台出現
 昭和二十二年亥の年本席様115才聖霊の切れ目。月読命で甘露台が道に踏ん張る。
  (此の元はイザナギとイザナミの身の内(人間)なるの本真中や)

天保九年から百十五年は昭和二十六年卯の年。この年天理、ほんみち、神一条を三ツ一ツ
にする予定でしたが成る立て合い成らなかったと月日大神様は残念立腹でした。 
御筆先十七号46 この日はな何時の事やとおもている 二十六日来る事なら   
   3号113 今迄の事は何も言うてくれな 二十六日始めかけるで
と楽しみに待って居られた。 一月の柱立ての時ほんみちの大西愛治郎様(裏の真之助役)
中風で倒れられた。それから七年(七柱は切る)昭和三十三年十一月二十八日ご逝去され
た。人間甘露台親様は七十才でした。

女の役は三十三才(三十三年)昭和十七年から三十三年は昭和四十九年甘露台親様十月三
日木曜日昇天された。初潮から閉潮まで三十三年三ヶ月、八月三日誕生から十月三日昇天
されたので三ヶ月目です。大神様はここまでキッシリ合わせて居られました。
 月経は二十八日周期(月様が地球を一周するのに二十七日と七時間かかる)
 昭和二十一年人間甘露台宣言から二十八年は昭和四十九年甘露台親様昇天されました。
大正十四年五月二十八日に天理教入信から五十年が昭和四十九年甘露台親様昇天されまし
た。 五十年の雛型通りてした。

1999は1+9+9+9=28に成る。昭和二十一年戌の年人間甘露台宣言されてから
二十八年が昭和四十九年甘露台親様はご昇天さてました。
来年は甘露台親様が昇天されてから二十八年になります。 天下火の雨、海は津波やまだ
ある三日有ると聞いていますが平成11年、12年、13年でなければ良いのですが???!。
神一条の道は確かな年限で建っています。この年限が証拠です。
まだまだ沢山ありますがこの位にして置きます。それから確かなご守護を頂いて居ります。
 さて、如何が思われましたでしょうか。詳細は神一条人間甘露台の本を購読して下さい。
 ご覧の通り真似しょうにも真似は出来ません、型変えようが変えられません。
     担ぐ御輿(みこし)が違っていてはコリャ大変だ。
  予言者は予言は出来ても止めて貰う方法、除けて頂く方法が分かりません。その点
 神一条はその方法を教えて頂いて居りますので安心なものです。
         曲尺と年限の証明を終わります。       
                                                続きは天の定規その4へ

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天の定規と曲尺その2
投稿日 9月5日(火)01時14分 投稿者 梅里研究所 [oskd070.osk.3web.ne.jp] 削除

泥海古記の年限
  明治二十二年から(九億九萬九千九百九十九は6×9=54)三度ながら九十九年 
   9×2=18 9+9=18と言う事 一宮十八年、二墓十八年、三度三腹十八年
  昭和十七年(午の年)台親様54才になります。
一宮、(九億九萬年)18年は明治22年台誕生より明治39年天理教祖20年祭
二墓、(九千九百年)18年は明治40年本席ご逝去 百日さしづ終りから大正13年
三度三腹(九十九年)六号49この者に一度教へたこの守護同じ体内三度宿した)
大正十四年、この年より参り所となる道中。台が仮授けを受けた年 人を助ける見習い

昭和十七年仏子何因縁で馬頭観音と名のった年 イエスキリスト馬小屋で生まれた。 
聖徳太子十七条憲法、二に曰く、篤く三宝を敬え、三宝とは仏法僧なり、則ち四生の終
帰、萬国の極宗なり。いづれの人この法を貴ばざる、人はなはだ悪しきもの鮮し、能く教
うるを以て之に従う。これ三宝に帰りまつらずば、いづれを以かまだれるを直さん、帰
衣仏、帰衣法、帰衣僧と仰せある。うまやどの王子、神一条打明場所の看板上げる。(三
教一つにまとめるため)小寒様十七才浪速布教この雛型通り十七午年に出られた。
 一京は十七桁で0が十六個である。
 泥海古記の年限
 十八年は明治二十二年より明治三十九年(九億九萬年)水中生活(おさしづの中におぼ
ってある年限)2×9=18
 
六年は明治四十年より大正元年(六千年)知識の仕込み(甘露台ご苦労の道中の年限)

 三十年は大正二年より(三千九百九十九) 書物学問の仕込み3+9+9+9=30
 この上の年限は心の仕込み、理の仕込み、昭和十七、十八、十九、二十、二十一、二十
二年 此が泥海古記に伏せられている人間甘露台の道中です。

 天保九年戌から(悪しき払うて二十一回、一列すまして甘露台二十一回)昭和二十一年
戌の年まで百十年で十二月十日赤衣初着して人間甘露台宣言された。この雛型通り妊娠期
間は十月十日(とつきとおか)であり戌の日に一丈一尺の腹帯を締めて安産祈願をする。
 よって一丈一尺の注連縄を切って神一条に誕生されたのであります。
 昭和十七年から五つ理をふくは五年で昭和二十一年に理を吹いた。
 昭和二十一年一月一日昭和天皇百二十四代丑年生まれ今上天皇は人間宣言させられた。
象徴・シンボルとして格下げさせられ九月に言論の自由、集会の自由、出版物の自由の世
界に立て替えて南無天照皇大神宮(猿女の君)本物の天皇を出された。御筆先六号五十二
番の歌です。明治五年御教祖様七五才、七五日絶食されたこれより、75年は昭和21年
神一条では昭和21年から帯屋許しは助け道明けとして始まった。お産は早めなりとも延
ばし成りとも自由自在安産させて頂いて居ります。ホウソとハシカはお土産に持って来て
いますので軽く済ませて頂いて居ります。嘘かどうか試ししてみよと仰せあります。試し
てみましょう。
 文久二年おさと様32才から八丁四面は神の屋形(八十四年)は昭和二十一年です。
 元治元年本席様32才から甘露台の高さ八尺二寸(八十二年)は昭和二十一年です。
そのほか人は数えの21才で成人と言う。サイコロ3・7=21の理(この世界創造の縮
図)鶏は21日目で雛にかえる。やがて鳥が鳴く、これは聖書にもあります。国常立命で
ある父上が七回沈んで八回目に起きた時21目を吹いたと言う。21年を全てほのめかし
て置かれたものです。
  天保九年から昭和十九年申の年まで百八年、108つの煩悩、除夜の鐘、鐘は里を立て
て繋いで行けとの事。この年嘉永六年の雛型、御教祖様五十六才で善兵衛様六十六才で出
直された。甘露台親様五十六才で米谷庄太郎様六十六才、四月二十六日出直されました。
ひな型通りでした。 三十八年後こんな席にはすわりゃせんと座布団を敷かずにおさしづ
が出ています。これは明治四十年本席様ご逝去より三十八年は昭和十九年です。二代本席
として印を打った。泥海古記に山城、伊賀、河内と三が国に19日かかりて生みおろし有
りは昭和一九年の事で二代本席として打ち出した。
 仏教では五十六億七千万弥勒菩薩年をへんと有りますのはこの年甘露台親様は弥勒であ
り五十六才でした。昭和十二年天理教百年祭(差し渡し一尺二寸)百姓第一助けたいとは
                                                 続きは天の定規曲尺その3

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天の定規と曲尺その1
投稿日 9月5日(火)01時09分 投稿者 梅里研究所 [oskd046.osk.3web.ne.jp] 削除

天の定規 本席飯降伊蔵の生涯 道友社編

 62ページに『伊蔵は曲尺を持っているが、これは何を意味するのだろうか』と有
 ります。神一条教的解釈をします。
  本席様は大工であった事は皆周知のと下りてす。
  神様の言葉は中山家の方からは出ませんでした。
  御教祖様の後継ぎは大工さんだったのです。
  イエスキリストのお父さんの仕事は大工さんでした。これは雛型です。
  ひな型通り大工さんが御教祖様の後継ぎをされたのです。
  文久3年頃御教祖様は大工が来る 大工が来ると仰せられたそうです。
  元治元年に夫婦揃うて流産後の不治を助けて頂いたお礼参りをされた時
  待って居た 待って居たと御教祖様が喜ばれたそうです。
  曲尺を差し金とも言い大工や木工の仕事には無くてはならない大切な道具です。
  おさしづには一歩一分一厘違わぬ差し金を持って出て来ると仰せあります。
  これは年限の事をほのめかして置かれたものです。
  一点の理は年限で分けていると仰せあります。例えば米の出来る頃は粟や稗も出来る 
 ので見分けが必要です。人間甘露台が出た時も沢山の方々が出られました。
  確かな証拠として年限を伏せて置かれました。おさしづに年限数えてみよ幾年成る  
 とか沢山出てきます。それから図面引きかけ、図面とは天保9年からの年限表を作れ
  と大神様からの指示です。これが確かな証拠で、御筆先にも確かなな証拠なくばいかん
 で、証拠無ければ危うきい事と仰せあります。聖書では偽教師、偽予言者が沢山出てく
 ると書き残してあります。確かな証拠として経文、聖書、ご神言(みかぐらうた、御筆
 先、泥海古記、おさしづ)には数字、年限が組み込まれています。
  
 神一条の道は年限から建ってある。 
 これは天理教でもほんみちも真似は出来ません。
  天保9年戌の年・・・・・御教祖様神がかりで月日の化身となる。(月日の社の事) 
  雛型50年・・・・・明治20年亥の年まで
  元治元年から大正元年は50年御教祖様115才聖霊の切れ目。(神一条甘露台親様
  24才、二尺四寸で西の余分神の用木と仰せあり)古い正月終り。
  明治22年8月3日旧7月7日台誕生から昭和13年は50年で天理教立教満百年は道
 理上の道(元治元年から26年目に京都の西陣に台誕生された)

  文久2年おさと様32才流産不治から26年は明治20年御教祖様、現身を隠された。
   甘露台三下がりの一下り目の三ツ 三日目より甘露が天より下りたとゆうわいな
   聖書では三日めに甦る。これは明治20年から22年を3日と言われた。(20亥年,
  21子年、22丑年)

 大正元年御教祖様115才聖霊の切れ目、台二十四才(古い正月しまい新しい正月)か
 ら五十年が昭和三十六年往還の道始めの年 

  大正十四年五月二十八日天理教入信から昭和四十九年十月三日木曜人間甘露台昇天さ 
 れたこの間五十年に成ります。大正十五年(昭和元年は台三十八才御筆先七号の一の歌)
(蛇足、昭和2年台親様は39才で第39期の別科に入学された。)
 二十六年の年限
 天保九年から26年は元治元年    元治元年から二十六年は明治二十二年台誕生
  明治二十二年台誕生から二十六年は大正三年初代真柱四十九才背中のヨウ患って出直し
  天保九年から四回目の二十六年は昭和十六年巳の年天理三輪講終り、台引き出しの年
  昭和十七年(天照神一条打明場所の看板を上げて三教一ツ打ち出し)から二十六年は昭
 和四十二年この年は天保九年から五回目の二十六年で二代真柱十一月十四日心臓患って
 出直された。明治百年になりこの年で仏教も経文の上では終焉した。
  昭和二十一年人間甘露台宣言より二十六年は昭和四十七年神一条教初代管長三月二十三
 日に一柱として出直された。(前世飯降伊蔵本席であった)
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外国人参政権付与に断固反対します
投稿日 9月1日(金)18時49分 投稿者 日本平和神軍 野中広子 [2Cust124.tnt6.tko2.da.uu.net] 削除


初めまして、日本平和神軍の野中広子です
外国の無血侵略を許す、外国人参政権付与には、
日本人として絶対に反対するべきです。
是非、以下のH.P.をご覧下さい。

日本平和神軍H.P. http://www.jade.dti.ne.jp/~shingun/
宗教論争掲示板H.P. http://www.jade.dti.ne.jp/~shukyo/frame.html
参政権問題H.P. http://www2.tky.3web.ne.jp/~moris/sanseiken/


京都五山の送り火(大文字焼き)
投稿日 8月16日(水)00時46分 投稿者 梅里研究所 [oskd012.osk.3web.ne.jp] 削除

       大文字焼き 送り火(お盆の八月十六日)

   絵が消えてしまった。 左右大、妙法、鳥居、舟形

  ☆ 右大文字=右は女の理(伊邪那美)

  ☆ 妙 法 =とぼしい女が、天の法則を説く。

  ☆ 舟 形 =御教祖(中山ミキ様)の世界助け舟のかじ(舵)取りをした者である。

  ☆ 左大文字=左は男の理(伊邪那岐)

  ☆ 鳥 居  =二人の中の(以の字の一点)一粒種

  ☆ 伊邪那岐・伊邪那美の一粒種で、前生御教祖の世界助け舟のかじ(舵)取りをした

     とぼしい女が、天の法則を説いて来ると言う事)です。

   この火をさかずきに入れた水に映して頂くと無病息災になると言う。
   これは妙法の字を焚く位置(方角)は丑寅(艮)北東の角であります。

   表鬼門(貴門)です。仏教では虚空蔵菩薩で牛の背中に観音様と仰せあります。
   天理教では七柱大食天命、世界の鋏、刃物、切ること一切の守護神(言玉吹き分けの
  神(人間甘露台の事)真佛(弥勒)の出る方位

   大本では(艮)丑寅の金神と仰せられ女が出て来る事をほのめかして置かれた。

   神一条人間甘露台親様は明治二十二年丑の年八月三日旧七月七日(七夕)土用丑の日
   京都の西陣に誕生されました。(泥海古記の山城)一宮と仰せあります。織り姫とも
  仰せあります。昭和二十一年戌の年十二月十日赤衣初着して人間甘露台宣言された。
   天保九年戌の年から百十年で有ります。この甘露台親様から甘露台本授けを頂た者か
  ら御神水を受けて毎日御神水を頂けば無病息災に暮らせると言う事です。

   ☆ 祇園祭で長刀鉾が先頭行くのは剣、悪難を切る事。鉾は金辺にムに牛と書きます。
   むほん払いをする牛年生まれの者が京都から(金)つないでくると言う事だそうです
   矛先が南を向くのは南は女である事。指南車とも仰せあります。天理教では中南の門
   屋と仰せあります。御教祖様が御筆先を書き取られた所。中は甘露台で南は女である
   事を仰せありました。
   こう言う事を書くと言語学者の方々は大笑いされるでしょうね。

    御筆先一号72 世界にはなに事するとゆふであろ 人のわらいを神がたのしむ
   73 めへめへのおもふ心はいかんでな 神の心はみなちがうでなと仰せあります。

   おまつりとは理の有る方を待つと言う事です。行事やら有りとあらゆる事で元の親様
  が出現されることをほのめかしてあります。よくご思案、ご研究して下さい。

  大文字焼きはこの位で失礼致します。有り難う御座いました。 合 掌

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麻のオガラを焚いて精霊を迎えるについて
投稿日 8月11日(金)00時17分 投稿者 梅里研究所 [osks217.osk.3web.ne.jp] 削除

盂蘭盆(うらぼん)に麻幹(あさのおがら)を焚(た)いて精霊

(しょうりょう)(聖 霊)を迎えるについて

   八月十三日の夕方(月遅れ盆迎え火の事=高島易から)

   迎え火は盂蘭盆の初日の夕方に、祖先の精霊 を迎えるために焚く火。門前で麻幹を焚くのが普通
   (広辞苑)とあります。盂蘭盆会(うらぼんえ)が行われる。坊さんが盆を持って檀家を回る。
 今花屋さんに行くと白い、70センチメートル位の茎が売られています。
 これがアサノオガラです。 迎え火として玄関の戸を開けて焚かれています。

その家の祖先をお迎えすると言うわけですが、ところが祖先の精霊(御霊)は家の仏壇や社に祭られ
ているはずです。   あえて迎えると言うのは何故か。 
  神一条では亡くなったら(出直)、霊魂は月日大神様が抱き取って下さると聞かせて頂いて居りま
す。死に行くやない借り物返すと言う事です。 往生とは行って生まれると書きます。月日大神様の
元に帰りまた因縁の所に生まれ替わらせて頂く。善因は善果に悪因は悪果に転輪すると言う事ですか
ら悪インネンを積まない事ですね。心の使い方に気を付ける事が大切ですね。絶えず心の掃除を忘れ
ない様に、怠らないようにしましょうと教えて頂いております。神様は見抜き見通してすから善悪共
に返っくるそうです。多ければ返す、足らなければ貰うとも仰せあります。

 先祖に感謝・お礼されるのは実に結構な事で先祖有って自分がある事は申し上げる迄もありません
が、月日大神様のご守護がなければ生成化育致しません、神様の心に添わねばならないと思われます。

  聖霊(月日大神様)を迎えるにあさのオガラ(幹)を焚くと言う事は?

神一条の御教祖甘露台親様は浅野家の出身です。京都の西陣から大阪に嫁がれました。
 京阪と言いますが阪京と言いません。浅野家から出られた者を祭って初めて聖霊を迎える事が出来
るとの事です。 それで精霊もうかばれると言う事です。

麻はお払いの払いどにも使われていますし、昔、雷が鳴った時は麻で作ったカヤに入ってクワバラ、
くわばらと雷のやむのを待ったものです。麻は難を逃れさして下さる、悪難を払って下さる事を教え
てありました。これはほのめかしで浅野家から甘露台親様が出られ、甘露台親様にすがったら難を逃
れさせて頂ける事をほのめかして教えてありました。今は月日大神様の思召す甘露台親様が出て居ら
れますから早く踏み止めてくれるのを待って居られるのです。   甘露台親様を踏み止め出来たら
大神様も喜んで大難は小難に小難は無難に治めて下さり先祖の御霊もうかばれるとの事です。

甘露台親様は南無天照皇大神宮で月日大神様の入り込みの宮だからです。これで初めて供養が出来る
のです。月日大神様も喜んでご守護を下さります。 真仏(弥勒)が出ていますのでお経を上げても
空念仏に成っています。 お釈迦様にお経を上げて聞かせている形に成っています。昭和19年から
佛と仏の違いは、佛とは甘露台親様の出る以前、仏は甘露台親様が出てから、仏とは弥勒が人(肉体
持って)出現しむほん払いに出て居られるからム(空、カラ)ですよ。空念仏に成っていますと言う
事です。
                    一寸法師の話は甘露台は京より

 おわんの舟で都へのぼる一寸法師も有名なおとぎ話しですが、このおわんは御飯(誠)をいれてい

ただくもの。 その中の小さい者(一寸法師)は聖書でいう“からし種の一粒”に当たります。

 天理教のご神言では、扇の要、また“ノミのとまりとような者”で、京へのぼりとあるのは、人間

甘露台が京都より出現する事、“麻の葉”に止まっていたというのは浅野家から出る事。お姫様(天

理教祖)につきそい育てられ、御教祖をお助けした徳によって、打出の小槌(自由用自在のご守護)

により、のち立派に成人するのです。  ゴモクノの入って居ない純粋な神様のおさしづが世界中に伝

われば神一条の道が大きくなると仰せあります。 月日大神様の働きで、まずは残念晴らしからしな

ければ成りません。  人間甘露台は京都の浅野家から出現され神一条の道を始めて下さいました。

 高山の説教聞いて 真実の神の話しを聞いて思案せよと仰せありますのでご思案して下さい。
    以上お伝え致します。宜しくご研究して下さい。  合 掌

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RE天理教の木の甘露台倒された大ぶしその2
投稿日 8月10日(木)01時39分 投稿者 梅里研究所 [oskd018.osk.3web.ne.jp] 削除

 四日に二代真柱の正善様は心臓を患ってお出直しとなりました。

 四日でなく十四日に二代真柱の正善様は心臓を患ってお出直しとなりました。

 十が飛んでいました。ごめんなさい。

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天理教の木の甘露台倒された大ぶしその3
投稿日 8月7日(月)23時46分 投稿者 梅里研究所 [osks7170.osk.3web.ne.jp] 削除

4号112 このたびは何かよろづを上たるへ  知らしておいた事であるなら

 113  それからは中には思案するもあり  皆よりよふて話したなら

 114   その中に真実心たのもしい おもてしやんするものもある

 6号95 どのよふな事もうらみにおもうなよ 皆めへめへのみうらみである

12号 39 どのよふな事でもさきへしらしおく あとでこふかいなきよふにせよ

 11号 20 皆の者思う心は気の毒や  この度所かえて話しを

  これらの事は一九〇〇年代の事を仰せられているものです。年限をとれば末代の事だからいいやと

言っていると大掃除が待っている様です。気を付けなければ成りません。 足下に火がついてからで

は遅いと思いますので、是非、皆寄りおふて話し合いをしましょう。

神様の思惑の根源を談示会いしましょう。 お声掛けお待ちしております。

   hitosuji@osk4.3web.ne.jp
                                    甘露台の事情は今回はここで大和里に致します。

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天理教の木の甘露台倒された大ぶしその2
投稿日 8月7日(月)23時38分 投稿者 梅里研究所 [osks7141.osk.3web.ne.jp] 削除

四日に二代真柱の正善様は心臓を患ってお出直しとなりました。

 ★昭和二十六年卯の年は天保九年から百十五年に成ります。 二十六日来る事なら、二十六日始め
かけるでと仰せありました。この年天理教、ほんみち、神一条を三つ一つにする予定(神様の思惑)
だったが成る立て合い成らなかったと月日大神様は残念、立腹でした。それでほんみちの大西愛治郎
様は一月の柱立ての時に中風で倒れられました。 それから七年後(七は切る)昭和三十三年十一月
二十八日に出直しに成りました。この年、甘露台親様は七十才でした。
天理教では三月二十六日の夕つとめの後、修養科生によって木の甘露台を倒されました。その方を気
違い扱いして国元へ返されたそうです。神様の思惑が分からない、神仕組みが理解出来なかった様で
す。 この時、滝本村の庄司家では天理のD氏が中山慶一先生の使いで霊石の代金の件で話し会いし
て居られたそうです。甘露台の石は無条件で渡すと言っていたが、庄司いさこさん(経定ケイソウ)
が≪石代を三十万円は貰わねばなりませんと言った所
 庄司コノ先生に神様が天下られて ≪天理教は大きな花である 満開の花である 満開の花は散っ
てしまう そうしたらどうする 人間というものはな 欲が深いものだ 金銭で迷うたか≫と一喝さ
れたそうです。その時間と木の甘露台が倒された時間が一致するそうです。 また、D氏が甘露台が
倒される三日前に見た夢に石上神社から白い象が出て来て甘露台を踏みつぶしたそうです。 神様の
思惑と天理教がしている事が違うので先に知らせてくれたのでしょうとのことでした。

 ★昭和26年のふしから数えの五十年に今年は成ります。 明治三十三年九月九日のおさしづを拝読
して下さい。中略 これまで年限長いと皆諭したる。よう思案してみよ。先の事知らしてある。後や
先になる。皆一つ一つ調べてみよ。嘘はありゃせん。先の事言うたる。言うて置いた事は、年限の内
にはどうでも出て来る見えて来る。どうでも先の事言うて置いたら、その日が来る。百年の先の事言
うて置けば、三十五十の者は知ろまい。なれど、どうでも出て来る。これよう聞き分け。元の話しは
このくらいのもの。よう聞き分け。これからという、これから嘘は一つも無い、という事思案せ。
嘘というは何も旨い(うまい)事はあろうまい。真実というは、真実見えて来る。嘘と思うたら嘘
になる。誠思えば誠出て来る。そら遠い所やない。内に出たる。 後略長いさしづですが一度是非拝
読 して下さい。明治三十三年は一九〇〇年でした。 今年は我々人間から見て百年です。 今度、
月日大神様の残念が出たら木の甘露台を倒されたくらいではすまないと思われますよ。      
昭和十七年天理教に伝えてから今年は還暦になります。 昭和二十一年戌の年 (人間甘露台宣言)
から五十五年に成ります。 
 何時まで神様の思惑を踏み握るのでしょうか。来年からは二十一世紀に入り神一条の道の世界にし
て頂かなければ成りません。神一条の道は月日大神様がご支配なされる用木暮らしの世界です。

      下の12号の歌は天理教を始め同じご神言を使っている教団は要注意の歌と思われます。

       おふでさきとは筆に記した先の出来事と言うことであります。
111   いまヽではどのよなうそもきいてゐた  もふこれからはうそはきかんで

112   これからはうそをゆふたらそのものが  うそになるのもこれがしよちか

113  月日にはうそとついしよこれきらい   そのさきなるは月日しりぞく

114 それゆへに一日なりとひをのばし    たいてへなにもみゆるしていた

115   このたびははやくしよこふだしたいと  ゆうてゐるのをなんとおもうぞ

116   しよこふもどふいふ事におもうかな   みのうちよりもたしかためしを

117   このためしまこと月日のざんねんは    よいなる事でないとをもへよ

  月日大神様は日を延ばして待って下されて居ります。  おさっし下さい。

  しっかり研究させて頂きましょう。   おふでさき四号

 41 あす日は何でも頼みかけるでな  神一条につかねばならん
 97 これまでと道がかわるとゆふてある 神はちがふた事はゆわんで
105 だんだんとみえん事をばゆいをいて  さきでみえたらこれが神やで
106 いかほどにみえたる事をいふたとて  さきでみえねばわかりあるまい

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天理教の木の甘露台倒された大ぶしその1
投稿日 8月7日(月)23時28分 投稿者 梅里研究所 [osks202.osk.3web.ne.jp] 削除
  甘露台事情についてと神一条教のレポート
  6月26日、天理教会本部の月並祭のおつとめ12下りの後半の時に生野大教会部属の方がおつと
め中に甘露台を倒されたと言う節がありました。 これは神仕組みのことで大きな警告を受けたわけ
です。 木の甘露台に成って3回目の据え替えと成るそうです。 生野大教会の方は神様に道具とし
た使われたもので98%月日大神様の思惑で有ったと思われます。

明治14年 御教祖様の長男、秀司様が一柱として出直しになり、これを基に甘露台の石普請の準備
がなされました。 甘露台用の霊石を探すため滝本村の山に行かれた様です。天理のD氏に聞いた話
しでは≪なんぼ探してもその石が見つからないものですから一度、帰って御教祖様に伺い立てたら、
御教祖様の仰せには午前中、人足の一人がケツマズイタろう。あれがそうや。と言われたそうです。

その場所の持ち主は元治元年のつとめ場所の材木を出された坂の大新 これは屋号で庄司家の事で
す。 この庄司家の裏の石田から掘り出されたのが今、真柱庭で寝かされて居る霊石甘露台二段です。
≪甘露台の石は何処のものでも良いという分けではない≫と御教祖様が仰られました。
当時、大坂(大阪)から買った石は廃棄処分になったそうです。

東京の南風会の石田先生の話ではみかぐらうたに八ツ 山の中へといりこんで 石も立木も見ておい
たとあるのは八つ山をかけて居られるとのことでした。それから庄屋敷と庄司屋敷をひっかけて居ら
れるそうです。八つ岩に関しては「三雲龍三神示と神一厘の仕組」の本の369・370頁をご覧下さい。
この本を求めたい方はリンク先の神一厘の仕組をご覧下さい。
石上神社と滝本村の庄司家とここから少し上流域の長滝村には中野市兵衛様、修験者が居られました。
天理教の立教の時に寄せ加持をされた方ですしたね。 詳しくは神一厘の仕組をご覧下さい。

 ★明治15年5月12日のふしは2段まで出来た石の甘露台を官憲によって没収された事でした。
★この年、真之亮様が中山家の世継ぎ、養子として中山家に入られました。
しんのすけとは御教祖様が生まれる前から付けて置かれた名前で人間甘露台(真)が出現してから
すけっと役をさせるためにしんのすけと名付けられたそうです。

 ★飯降伊蔵様夫婦親子諸共お屋敷に伏せ込みになられ、神様の後継ぎとして伏せ込みに成った。
 本席様の奥様はおさとと申し明治4年から子供さんを連れて一足先にお屋敷に伏せ込んで居られま
した。 その証拠におふでさきの3号百九にこのものを四ねんいぜんにむかいとり 神がだきしめこ
れがしよこやと仰せあります、これは明治七年に書取りになりましたので7、6,5,4で明治四年
のことを仰せられたのです。ついでですから百二十までおふでさきを拝読して下さい。二十六日始め
かけるでとは昭和二十六年のことです。後で詳しく触れますがこの年も甘露台が倒されています。
 十二下り目一ツ いちに大工の伺いに 何かのこともまかせおくと仰せの通り大工さんに任せられ
ました。実際は二代大工の奥様に任せたとのことですのでおさしづを拝読しないと神様の思惑は分か
らないことになります。おさしづには角目、角目、要所が書き残されております。 勝手解釈しない
ようにまた、確かな証拠を話して置かれました。明治の時代背景と身上・事情の伺いは話しの台、ニ
ッチモサッチモ成らなく成ると刻限のさしづを出された様です。月日大神様は先々の先迄見えるので

 ★大正15年は昭和元年この年甘露台親様は三十八才でした。御筆先七号の1の歌です。大正十四年
五月二十八日に天理教に入信(お助けの見習い) 城法大教会の城道分教会からでした。
 拍子木、鐘、太鼓を持ってこられておつとめをされたそうです、お手振りは教えて頂いていないの
に全部出来たそうです。主人の庄太郎様が先に別科に入られ、甘露台親様は昭和二年、三十九才の時
に三十九期の別科に入られたそうです。当時(昭和初期)は甘露台は立てて無く祠(ほこら)が据え
てあったそうです。その祠を主人の米谷庄太郎様が掃除をするため中に入ったら浮浪人(ホームレス)
が暮らしておりウンコも中でしていたそうです。

 ★昭和十二年天理教は百年祭でした。 甘露台親様は四十九才 昭和十年から天理三輪講に移り柴
小屋で学びに入られていました。昭和十年は釈迦入滅後二千五百年でこの年より三年は昭和十二年に
なります。昭和十二年百年祭の時に青年さん方が原典と違うと怒って石、塵粉などを木の甘露台に投
げつけたそうです。このふし後、二代真柱の正善様が十年待ってくれ、十年立て何も変わらなかった
ら『わしは自決する』と言って終止が付いたそうです。キリスト教でもイエスが日本に出ていると言
うことでしたがこれははぶきます。 いろは四十九文字の最後は牟(吽)京(うんきょう)真言秘密
の経です。高野山と京都を結べばいとも簡単です。(山城)  七 七の和讃、(中陰和讃)は甘露台
親様の道中を歌ったものです。 みかぐら歌だけじゃありません。 奈良初瀬七里の間七日かかりて
  7×7=49のことで甘露台親様誕生より四十九年は天理教は百年祭で百姓第一助けたい。と御
教祖様が言っておかれた。十年後の昭和二十一年は天保九年より百十年赤衣初着して人間甘露台宣言
した。依ってあしきをはろうて二十一回繰り返します。この年より三十年後の昭和四十二年十一月

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RE誕生祭のご案内
投稿日 8月2日(水)22時24分 投稿者 梅里研究所 [osks066.osk.3web.ne.jp] 削除

113回目甘露台親様の誕生祭についてお伝えします。

 112回目の間違いでした。

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誕生祭のご案内
投稿日 7月25日(火)22時13分 投稿者 梅里研究会員 [oskd054.osk.3web.ne.jp] 削除

113回目甘露台親様の誕生祭についてお伝えします


  生年月日は明治22年丑の年8月3日旧7月7日(七夕)土用丑の日、織り姫

 として西陣に浅野豊七の二女として誕生されました。今の乾隆小学校です。

 名前は『く に』と申します。

  明治22年は天保9年から2回目の26年でした。 泥海古記の山城に誕生

  元治元年つとめ場所建設された年より26年でした。 泥海古記の一宮です。

  文久2年お里様32才産後の不治から26年は明治20年に御教祖ミキ様が現

 身(うつしみ)を隠されました。   甘露台三下りの1下り目の三ツに

 三ツ 三日目より甘露が  天より下りたとゆうわいな

 聖書のルカ伝第九章 22節に人の子は必ず多くの苦難(くるしみ)をうけ、

長老・祭司長学者らに棄(す)てられ、かつ殺され、三日めに甦へるべしと仰

せ有ります。これは明治20年亥の年、21年子の年、22年丑の年の事です。

  御教祖様は先になったら赤牛がぢばにたずねてくると仰せありました。

御筆先4号18 今迄の牛の先道おもてみよ 上たるところみなきをつけよ 

甘露台親様はうし年生まれです。丑の年生まれの者が出てきたら上にいる人は

皆気を付けよと仰せあります。

明治二十二年誕生から九億九萬九千九百九十九(9×6=54)三度ながら九

十九年で9×2=18、一宮十八年、二墓十八年、三度三腹これ参り場所十八

年で昭和十七年午の年まで五十四年、甘露台親様五十四才でした。

8月3日は獅子座生まれ、丑の日、これに人の顔と言えばそうです。エジプト

のあの有名なスフィンクスですね。日本を見つめているそうです。

7月7日は七夕ですね。 七夕祭りは笹に短冊です。先祖伝来続いた藪も取り

払い神様の思惑通りお仕込みを受けられました。 短冊は神様の言葉の事です。

7×7=49 いろは49 中陰和讃または七、七の和讃、七つの関所を七つ

越えて来ると言う。 吽(牟)京(うんきょう)は真言秘密の経に成っていま

す。 台誕生より昭和12年丑の年迄の事、甘露台親様四九才、天理教は立教

百年祭でした。第一百姓助けたいとは百年に女が生まれると教えて置かれまし

た。
土用丑に鰻を食べるのは雲読命様は鰻のお姿で飲み食い出入りのご守護神で生

まれ変わりの働きをされました道具です。日子番能邇々命(ひこほのににぎの

みこと)(お役目の名)が猿女の君として生まれ変わる転輪の働きを言われたそ

うです。
 織り姫とは神様の言葉を縦糸に 人の心を横糸に織りなす姫と言う事です。

 用木暮らしの綾錦を織られました。これは甘露台様の雛型です。確かな証拠に

成っております。

  誕生祭は八月三日木曜日午後一時から勤めさせて頂きます。         


         式次第は

 祓い祝詞、朝夕の祝詞、誕生式祝詞

      乙女の舞

     十柱の神様のご守護

     十柱の神様にお願いつとめ

     甘露台  三下り

  お神楽のお歌

    日々の心得

    新日本建設の歌

    数え歌

    御神水のお願い

    御霊様にお礼

  以上の通りつとめさだせて頂きます。

   是非ご参拝して下さい。 ご案内いたします。

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おふでさきについて
投稿日 7月15日(土)02時12分 投稿者 梅里研究所 [oskd154.osk.3web.ne.jp] 削除

         おふでさきについて

     おふでさきとは筆に記した先の出来事と言う事です。

 口頭で話をしても忘れるから親しみ安い和歌体にて筆に残されたそ

うです。さきの付く歌は筆先、口先も入れますと117首、歌があ

ります。明治2年から昭和51年迄の事が歌われております。

 今迄、26年間資料を作って郵送したり、手配して参りました。

 御筆先7号15に

これまでもなんでもよふぎほしいから たいていたづねていたるなれども
                    (用  木)            (昭和17年から神一条から天理教へ)
  13号87に

 口先でなんぼ真実ゆうたとて  たれか聞き分けするものはない
              (聞いて聞き流し、調べて確認する人はありませんでした)

  5号64に

 早々と思案してみて急き込めよ ねへほる模様なんでしてこん
                                          (資料上げてもね)

根は木辺に艮(丑寅)と書いてあります。7柱大食天命の役目を持って出現されたのです。

 御教祖様はミキ(幹)です。根が現れたら恐れ入るぞやと仰せ有るわけです。

 月日大神様の思惑を知って頂きたいからお伝えしている分けです。

 その歌は4号112に

 この度は何かよろづを上たるへ  知らしておいた事であるなら

  4号113に

 それからは中には思案するもあり 皆よりよふて話したなら

  4号114に

 その中に真実心たのもしい おもてしやんするものもある

と大神様が仰せ有りますので真実誠の用木になる人を探しております。

 共に話し合い調べて納得の行くようにしましょう。御筆先の歌は1750首

有ります。復元されていない歌は100首以上も有ります。

   下の12号の歌は天理教始め同じご神言を使っている教団は要注意の

 歌と思われます。大神様は一日成りと日を延ばして待って下さって居られますが、そうもべんべんと待っては居られないと仰せ有りますから残念が出ます。
111 いまヽではどのよなうそもきいてゐた もふこれからはうそはきかんで 112 これからはうそをゆふたらそのものが うそになるのもこれがしよちか 113 月日にはうそとついしよこれきらい そのさきなるは月日しりぞく 114 それゆへに一日なりとひをのばし  たいてへなにもみゆるしていた 115 このたびははやくしよこふだしたいとゆうてゐるのをなんとおもうぞ 116 しよこふもどふいふ事におもうかな みのうちよりもたしかためしを 117 このためしまこと月日のざんねんは よいなる事でないとをもへよ この様に仰せ有ります、人事ではないと思います。しっかり研究させて頂きましょう

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