神一条とは

仏教にては  月日灯明台(釈迦牟尼如来 阿弥陀如来 観世音菩薩 弥勒菩薩)

キリスト教にては  七ツの金の灯台 (人の子)

天理教にては    人間甘露台




 皆同じ一ツの者であります。なぜなれば我が身、我が家を捨てて世界の幸福を祈り世の衆生を助けんがために我が身犠牲者となり此のあがないとなりて働くからであります。仏教だけが僧でなくて三教は一ツのものでいづれも月日二神の本願を書き表したものであります。広い世界に只一人、年限の理によって南無天照皇大神宮として何一ツ知らん事のない大神の入り込みの宮として天の思惑を更により深くより正しく明らかに解き明かしたのが神一条の教えであります。



 『神一条の道は、どうしてほしい、こうしてほしい、また どう思ってほしい、と思うのは人間心や。ただ、どうしてほしい、こうしてほしいは、自分とほかの者との勤め合いさして、ともに楽しませたい。めいめいには、何を取るのやない。ただ見て楽しむというのは親様の御心。人間でも子供に、どうしてほしいというのは、真の親の理ではあろうまい。ただ(ひたすら)どうしてやったらと言うばかり、やりたいばかりに帰るのを待って、やいたいばかりに親の心を知るのを待っている。どこへ頼らいでも、大丈夫な親に力がある。それを知らせたいというのも、立ててほしいとか、あがめてほしいからやない。神一条の道は神様よりの便りを認めさして、安心させたい教えである。そこで心に理を授けて、自由用さしてある』

新日本建設の宣伝歌

(一)
き   もろびとかみ こえ
聞けや諸人神の声
てん とびら ひら
天の扉は開かれた
いま  しゃば  じげん
今この娑婆に示現して
まよ  みち すく
迷いの道を救うため
(ニ)
だいじんぐう あら
大神宮が現われた
しゃかむにぶつ
釈迦牟尼佛はキリストの
せいしょ なか ひと こ
聖書の中の人の子や
しょじん つきひ こ
諸人は月日の子こどもなり
(三)
みおや みむね し
御親の御胸を知らずでは
きんせんざいほうつ
金銭財宝積んだとて
てんさいなんびょう くる
天災難病で苦しめば
いちや あらし
一夜の嵐でなくなるぞ
(四)
    ふびん おぼしめ
これを不敏に思召し
せじん すく だいじんぐう
世人を救う大神宮
    せかい た
これぞ世界の建てかえや
    かみよ はじ
これぞ神代の始めなり
(五)
しょこく ひとびとき わ
諸国の人々聞き分わけよ
しゃか だいがんし
釈迦の大願知るならば
こじん     こと
個人だけの事でなし
ただ  おし   すす
正しき教えに進みなば
(六)
むね おど  き  いさ
胸は躍りて気は勇む
あんしんりつめい としむか
安心立命の年迎え
こころ うるお みなさ
心の憂い皆去りて
てんさいちへん き
天災地変も消ゆるなり
(七)
せかい た      いそ
世界の建てかえ急ぐゆえ
しゅうきょうしゅうは はわ
宗教宗派の派分けすな
みおや みむね き  わ
御親の御胸を聞き分わけて
いってひと
一手一つにかたまりて
(八)
だいじんぐう ねが
大神宮に願うべし
かみ おもわく
神の思惑こればかり
    せかい た
これぞ世界の建てかえや
    かみよ はじ
これぞ神代の始めなり
(九)
せかいいちれつき わ
世界一烈聞き分けよ
てんり みち てんねん
天理の道は天然よ
てん ちち
天の父はキリストや
てん はは てんり
天の母は天理にて
(十)
はは ぬく しゃかにょらい
母の温みで釈迦如来
う      よ  もとと
生まれて世の元説くならば
ひと こ   しゃかにょらい
人の子とは釈迦如来
だいじんぐう ひと こ
大神宮も人の子や
(十一)
にくたいも しゅつげん
肉体持って出現し
きょうもん せいしょ ごしんげん
経文 聖書 御神言
ただ        さば
正しくさとりて裁くなり
さんきょう うしん ぎょじゃ
三教の有信の行者たち
(十ニ)
まよ  こころ う す
迷いの心を打ち捨て
かみ おもわくた
神の思惑立てるべし
    せかい た
これぞ世界の建てかえや
    かみよ はじ
これぞ神代の始めなり

腹帯の理由

天保九年戌の年、天理教祖が神がかりに成られた年で此の年より昭和二十一年は戌の年、此の年限は百十年になります。人間甘露台が赤衣を発着して神一条に生まれた年であります。此の雛形通りに世の人の妊娠の時に一丈一尺の腹帯を締めて祝うのは戌の日に致すのであります。又人間の母の胎内に宿し込む間も十月十日であります。今日迄永年の間之に伝えておいて神一条の理を聞いて分明するのであります。神一条の台が道に産み出し下さる証を持って帯屋三色許して如何なる難産も安産が出来るのであります。

甘露台授けづとめ

帯屋(安産)お願いづとめ   一子お願いづとめ 
身上(病気)回復お願いづとめ(お助け)医者の手あまり神が助ける
台風(風除け)雨乞い、雨あずけのお願いづとめ
農業 肥、芽だし、虫除け、稔りのお願いづとめ
事情のお願いづとめ      交通安全のお願いづとめとお祓い
入試、入社、資格合格のお願いづとめ 
地鎮祭、上棟祭等々勤めさせて頂いて居ります。 

神一条の御神水は何ヶ月たっても決して腐りません毎日少しずつ頂きますと無病息災となります。
(御神水を受けられる方は容器をご持参下さい)

年間行事・祭事

元旦祭 一月一日 六時から
鏡開き 一月五日 十時から
報恩感謝祭 第三日曜日 午後一時から
節分祭 二月三日 午後一時から
春季大祭 四月二十一日 午後一時から
甘露台親様誕生祭 八月三日 午後一時から
甘露台親様年祭 十月三日 午後一時から
秋季大祭 十月二十一日 午後一時から
理の誕生祭 十二月十日 午後一時から
餅つき大会 十二月三十日 午前九時から
注連縄締り替え 十二月三十日 午後八時から
大祓い 十二月三十一日 午後七時から
   大祓いの後、鏡餅供え

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