神は連れて通さん 投稿者:天望 投稿日:2003/10/17(Fri) 00:20:38 No.46 [返信]
明治四十年三月二十二(旧二月九日)
上田ナライト建物の屋敷どの辺という處願
さあ\/事情一つ以て尋ねる處、さあ\/もう待ち兼ねて\/十分待ち兼ねて居る。どういう事待ち兼ねて居るなら、前々事情順序心に数えてみよ。大祭という、多分多分の子供帰って来る事情楽しみ、一つ満足の理を与えたる處、どういう處なら、一つ身上と言う。萬事の處、喰わず飲まず二晩寝ずでも、日限働かしてあるで。これを皆の心に治めてくれ。何よの處神の自由(じうよう)、日々食事喰わずに働かれるか。人間業(にんげんわざ)で出けるか。年を数えば働き出けるか。これをよう聞き分け。皆々この心あれば、どういう事も何不自由でも案じる事ありゃせん。自由(じうよう)知らんから皆の心に案じが沸(わ)いて出る。神の自由(じうよう)は人間の思わくところりと違う。
何よ十分の道立ち切ってある。あちらで結(むす)ぼれこちらで結ぼれたる事は、ぼつ\/ほどきに廻(まわ)りて居る事知らん知らん。何よの事どうなるこうなると思てはならん。皆何を思て始め掛けたる。(昭和十七年から解釈して天理本部員・役員に伝えて来てある。)さあさあ今日一日尋ね出る處、いつ\/まで萬事これをその心に治め。案じる事要らん。
これから先はこれまでの道を通ろうと思うても、神は連れてと通さん。
皆印を打って組んで行くようなもの。心が違ったら、何よの事も喰い違って合わせんで。何事も出けやせんで。これを一つ心得にゃならん。そこから道理話し掛ける。どういう事始め掛けるなら、重々話の臺、(ジグソーパズルをする様なもの甘露台世界・用木暮らしの絵が出来る)さあ\/裏は鍛冶屋表は大工、これは一つの臺やで。これを聞き分けにゃ分からん。(裏は鍛冶屋とは世界の助け船が御教祖様でその舵取りをされたのがおさと様の事です。梶本様の事ではありません。表は大工本席様で裏は内情功のおさと様、夫婦なので表と裏と言われました。)
後々つなぎ切れ目あってはならん。あれも寄せこれも寄せ、つなぎは神の見込みを以て繋(つな)ぐ。どういうつなぎなら、後々替わり\/。つなぎ無くばどうでもこうでも裏と表は立たん。どういう事なら、席の言葉出す事聞き分けるなら、神の自由(じうよう)聞き分け出けるやろ。いかな一つ話も聞き分けにゃならん。さあ\/表裏と言うたる。やしき表ありて裏がある。これ一つ道理聞き分け。(お里様を出す為におさしづを出されました。それから甘露台世界、用木暮らし、ろくぢの世界に立て替え、立て直しをすると仰せ有ります。)
さあ\/尋ねる處、後々つなぎ。地所何處へ持っていく所無い。南(女)より持って行く所無い。 押して願
どう言う所なら、空いた所席順序の事情些(いささ)かと言う。廣(ひろ)い狭いは無い。一寸した所(天理教の所)いつまでも廣かったら、何もならせん。これ聞き分け。
私が強調して伝えたいのは『これから先はこれまでの道を通ろうと思うても、神は連れてと通さん。』と言う所です。このさしづは十年掛かる所をわずか百日たらずで出された一部でるから事の重大さは理解出来ると思いますが如何で御座いますか。神様の思惑と違っていては親神様、教祖様と行っても神様は守護は出来ませんと言う事です。我々は全て神の子供です。
みかぐら歌に節付けて歌い上手に踊れても神意が分からねば単なるお遊戯に過ぎません。何故、命の切り替えと言われたのかよく思案しなければ成りません。おふでさき、おさしづの重大さ、これらを引き合わせると如何なる神意になるのかを知るべきでしょう。経文、聖書その他の文献や行事、習慣の中にも神様の思惑が組み込まれています。 天理教だけじゃないよ神一条!
是非、来たれ!参られよ!話し合い、研究会、談示合いしましょう。
おさしづの拝読と研究をお勧めします。 投稿者:梅一厘 投稿日:2002/06/13(Thu) 15:37:51 No.4 [返信]
おさしづの拝読と研究をお勧めします。
明治二十二年三月二十一日午後5時(M22・3・21)と示します。道さえ分かりさえすれば、不自由でけん。これ皆筆に知らしたる處、紙に書いたものを持って居てさえ分かりゃせんから、一度や二度で聞いたとて分からん筈や。皆々互い\/に研究して日々運べば、取次の古き道の理と、又世界の道理の理と諭せば、神の働きどんな働きをするや知れで。今迄にも面目無い事が、何遍もあったで、分からんも一つのひながた、分からんひながたは要らんというようなものや。なれど分からにゃ仕様が無い。
(M22・10・7)さしづ無くしていかなる道も通れるか、通れんか。
おふでさき 四号105 だん\/と見えん事をばゆてをいて 先で見えたらこれが神やで
(M25・2・18)さしづの理はたった一つの理を諭してある。なれど分かりゃせん。理のさしづには違わんという理を取らにゃならん。身上に事情と言えど事情による。
(M22・10・25)さしづ通りすれば間違う事は無い。
(M22・11・6)刻限の理というは、違うという事は一つも無い。どんな事もこんな事も一つの理に止まる。
(M23・11・21)義理やと言うて、さしづより外に一つの道も無い。
(M23・6・20) 人間の義理に尋ねるなら要らん事。さしづを外せば尋ねるまでやない。
(M23・11・23)さしづという、をやの代わり、をやの代理という理。
(M24・2・8) 前々さしづ、一寸まあ反故同様のもの、それをほって置いては何よの諭も出来ようまい。
(M24・7・28) 神が許してこうという理は一つも用いてない。互い\/理を崩し、日々の処さしづとも言うまい。神一条さしづより外の道を通る者は分けて了まえ。
(M24・11・25) 互い\/知らし合い、互い\/研究諭し合い道という。
(M27・1・25) さしづ一つの理に集めるなら、どんな事でも集まる。
(M27・6・17) 何ぼさしづ貰うてもさしづをくる\/丸めて何もならん。
(M28・5・5) さしづは神がするのや。人間の理を以て諭するやないで。
(M28・5・22)夜も寝られん程会議しても(さしづ通り)用いねばどうもならん。 刻限は旬を外さんための刻限。
(M29・3・21)十年後一つの理、分からんから、さしづは邪魔になる。・・・腐りたさしづも起きて来る日があろ。
(M29・3・24)人間と人間とどうこう言うならさしづは要らんものや。
(M30・1・13) 用いる者が無いから、身上さしづにも刻限ちょい\/混ぜたる。
(M29・3・24) もうさしづ止めようかと思うて居る。用いんさしづなら、したとて何の役にも立とまい。さしづは人間心ですると思う心が違う。心が合わんから疑わんならん。
(M30・2・25) さしづというはこれまであれこれさしづしてある。なれど反故同様。一つ緩む二つ緩む。だん\/世界聞き分け。相当なるさしづ選り分けてくれ。選り分けてくれ。だん\/それこれ選り集めるなら、一つ理から自由(じゆうよう)とさしづして置こう。
(M32・9・7)道という理、さしづあって道、道あってさしづ。
(M32・12・29)さしづこうやけど、どうもなあ、と言うようでは天の理に背く、教祖一つの理にも背く。
(M33・12・17) さしづを棚の上にのせてあるというようなことではどうもならんで・・・棚の上にのせてある間は見ていられるなれど、尻に敷くというようでは何を思うての道か 何を聞いての道か 何を楽しんでの道か さあ心にはまらにや尋ねかやせ
(M28・5・22)刻限いつともわからん筆に止めた理より便りにさへすれば何も云(い)う事はないなれど刻限のさしづくる\/まいておいてしまい紙の色のかわるほど ほっておいてはどうもならん
(M30・1・3)勝手の悪い事は底のけである
(M33・10・14)席々(二代本席)というて出て来る、皆連れてもどる連れて帰る・・・このさしづ早くしてある勝手の悪いもの取り消してない 皆筆に止めたる皆一つに寄せてくれ頼むと迄出てある まあ\/よいわ\/ではならん、つけかけた道はどうでも、こうでもつけにゃならん、なれど小首傾け思案せにゃならん様な事ではどうもならんたよりないやうな事ではどうもならん、よふ聞き分け、何も遠慮気嫌はいらん 高い低いはありゃせん 道と云ふ一ツである 一(御教祖様)からの理なら十人なら十人知っているは道なれど 十人の中に三人位知っていると云ふは神の道ではない それでは神の道どこにあるか よふきゝ分け せいでもよい事に元を入れ 元を入れ二人三人の中でかくしておかにゃならんことでは八方道がどう伝へるかよう聞き分け何んぼかくしたかてかくされやせん(神は見抜き見通し)かくして世界八方伝える事でけん 世界から出けてこん 神の道は反対ない 反対は道の中にある よふきき分けよ
(M40・3・13) さあ \/みなもちいるか\/用いるかもちいねば世界どうしてわびするか\/ \/これしっているか年限かぞへてみよ\/いつまでこんな事とほるか、道はみんなつぎめあるで(道の継ぎ目とは雛型の道、道理上の道、応法の道、神一条の道の事です、三段事情とは雛型の道、道理上の道、神一条の道の事です)\/つぎめしっているか \/ しらずになんとぼけている\/(雛型の道は御教祖様、道理上の道は初代本席様、応法の道とは今の天理教、ほんみち)十一号 20 皆の者思う心は気の毒や この度所かえて話をと仰せの通り神一条の道に変わったのです)みんなとりぞこなひしている \/ 教祖といふ道内からつぶしている世界の道でたってあるか\/学問で立つとおもふか さあ\/\/世界のきかひは何時なりとある何時なりとかへるで神のきかひあるか ありやしよまい(天啓者甘露台)神のきかひは年限の理つづくが神のきかひである。これ一時にききわけてけふ(きょう)に返事してこい (神一条に)
(M29・4・21) 反対するのも可愛い我が子、念ずる者(信仰者)はなおの事、なれど念ずる者でも用いねば(おさしづを)反対同様のもの、これまでほんの言葉々々でさしづしてある。これはというようなものはさしづがさしづやないと言う。世界の反対は言うまでやない。
道の中の反対、道の中の反対は、肥をする處を流してしまうようなものこんな處にこんな事があったかと、鮮やか分かる程に\/必ず\/悔やむやない。悔やむだけ心をつなげ。
(M23・11・21)出てさしづ、又出て聞かし又々さしづ通りの道やなければ通れん、かわらん\/同じ心に同じ諭し、いつ\/まで長い様でもそれ一つの事情、どんな事情ともはかりがたない、そこで、出て聞かし置かねばならん、何をしたのやと騒ぎ立てる様な事ではどんならん聞かした處が分からん。
(M33・1・4)多くの處いろ\/理以て防がにゃならん \/ 。無い道始め掛ける。怖いような事は無い。怖いような心で、末代という道通れん。百年先の道、今日始めるも同じ事。この心持って、臨機応変と諭したる。萬人の中一人以て(人間甘露台)防ぐは神の力、神の理。
(M33・9・9)(陰暦八月十六日)夜九時頃(明治三十三年は西暦1900年でした)
刻 限(本席の御身上前日より大變御障りの處へ刻限の御話あり、本部員一 同拝聴す)
何時どういう事出来るとも、見にゃならんとも分からん。 どういう峠越さにゃならんとも分からん。明日日どういう事見にゃならんやら分からん日になりたる。これまで年限長いと皆諭(さと)したる。よう思案してみよ。先の事知らしてある。後や先になる。皆一つ一つ調べてみよ。嘘(うそ)はありゃせん。皆先の事言うたる。言うて置いた事は、年限の内にはどうでも出て来る見えて来る。どうでも先きの事いうて置いたら、その日が来る。百年の先の事言うて置けば、三十五十の者は知ろまい。なれど、どうでも出て来る。これよう聞き分け。元の話しはこのくれいのもの。よう聞き分け。 これからという、これから嘘(うそ)は一つも無い、という事思案せ。嘘というは何も旨(うま)い事はあろまい。真実というは、真実見えて来る。嘘と思うたら嘘になる。誠思えば誠出て来る。そら遠い所やない。内に出たる。傍(はた)の者も、一名二名に巻かれて居た。三年四年は自由自在にして蔓(はびこ)られた。一言も返やした者はあろまい。神の道に嘘は無い。嘘に旨(うま)いものは無い。勇んでくる。嘘やない。結構臺(だい)である。これだけ諭したら何ぼ書物に出そうとまヽや。書物を起そとまヽや。さあ さあもう一言 一言 言うて置く。 あの者偉い者、偉い者が捜して来る。尋ねに来る。捜して来る者より、もう一つ偉い者でなくば、捜して来ん。元は捉(つか)まえどこ無いような者、なれど、一言説いたら、百巻の書物に出来る。 日本に数無い偉い者出て来る、捜(さが)して来るとも分からん。これだけ説いたら分かるやろう・・・・これ聞き分けて、皆々の心、真実という心、十分真実欲しい。これまで真実やこさり(こそありや)、あちらこちら苦しみの中に、道を拵(こしら)えて来たる。真実鮮(あざ)やか話、もうどうなろうと言うとても、遠い所からやいやいと言う所から、通りての道、もう十のものなら七つまで出けた。・・・これしっかり聞いて楽しめ。よう聞き分け。嘘に旨いものありゃせん ありゃせん。嘘程恐ろしいものは無い。なれど、真実程結構は無い。楽しみこの意味、何程結構とも分からん。もう明日日々々々、世上から待って居る。なれど、今の間に、何と、どういう話あるや知れんと、良い事ばかり待って居る。なれど、戴けん時にはならん。もう年取れた者、一戸の中から一夜風邪引いても医者に掛かり、神信心もせにゃいかんと言う。この道という、道に理がありゃやこそ。・・・・今夜の話これも一筆留めて置かにゃならん。年限の内には、國々作物取れん事もある。あちらも取れんという事聞くも同じ事。年限の内、これも一寸聞いて置かにゃならん。明日日は我が所という。遠い所は分からん。蔭から話聞いた。席始まりてない 始まりてないという事、あちらこちらへ聞こえたら、大変困難やで。どうなりと又々話風変え、品変え、にんにんあるによって満足与えにゃならん。人変わりても満足渡す。一年で帰るとも二年で帰るとも、分からん分からん。よう聞き分け。・・・・そのまヽ、三つ四つ言葉。これ崩(くず)したら、何程の書籍になるとも分からん。もう後や先になるけれど、ちゃんと綴りて置け 綴りて置け。と仰せ有りました。
明治三十三年は西暦1900年です、私達、人間の目から見れば百年は平成十二年に成ります。
昭和十二年は天理教立教百年祭でした。 神一条教人間甘露台親様は四十九才でした。
昭和十三年は満百年に成ります。神一条教人間甘露台親様は五十才でした。このおさしづが出た明治三十三年から百年は平成十二年です。
満で平成十三年に成ります。このご自由用というは神でのうて出来ようまいと言う事だそうです。根を掘るとまだ\/深く成程なと気が付きますが、聞きたくば訪ね来るなら云て聞かそうよろづ委細の元の因縁と言う事にします。 一体何が出て来るのか。 まいたる種は皆はえる。善悪共に生える。 うそを言えばうそになる真実を知って下さい。調べて下さい。もううそは通りません。神一条でこれ我がことです。 他人事ではありません。このままうそを通すと下の御筆先の歌の通りになると思われます。
この12号の歌は要注意の歌と思われます。
111 いまヽではどのよなうそもきいてゐた もふこれからはうそはきかんで
112 これからはうそをゆふたらそのものが うそになるのもこれがしよちか
113 月日にはうそとついしよこれきらい そのさきなるは月日しりぞく
114 それゆへに一日なりとひをのばし たいてへなにもみゆるしていた
115 このたびははやくしよこふだしたいと ゆうてゐるのをなんとおもうぞ
116 しよこふもどふいふ事におもうかな みのうちよりもたしかためしを
117 このためしまこと月日のざんねんは よいなる事でないとをもへよ
月日大神様がしりぞけばどう言う現象が起きるか知って居られますね。他人事ではないです。いい加減大神様も堪忍袋が切れるのではないでしょうか。今度は助けより残念晴らしが先と仰せあります。おふでさき、おさしづに書き残されている事が無視されております。早く気ずい
て下さい。月日大神様のご残念で大掃除される前にしっかり研究させて頂きましょう。
御筆先 九号 50 月日よりさしづばかりでした事を これとめたなら我が身とまるで
四号41 あす日は何でも頼みかけるでな 神一条につかねばならん
97 これまでと道がかわるとゆふてある 神はちがふた事はゆわんで
105だんだんとみえん事をばゆいをいてさきでみえたらこれが神やで
106 いかほどにみえたる事をいふたとて さきでみえねばわかりあるまい
112 このたびは何かよろづを上たるへ知らしておいた事であるなら
113 それからは中には思案するもあり 皆よりよふて話したなら
114 その中に真実心たのもしい おもてしやんするものもある
6号95 どのよふな事もうらみにおもうなよ 皆めへめへのみうらみである
12号39どのよふな事でもさきへしらしおく あとでこふかいなきよふにせよ
11号 20 皆の者思う心は気の毒や この度所かえて話しを
(M20・6・24)ふでさき通り皆出る。今度道はいつどう、いつ見える。ふでさき皆知らせてある。大きなふし見える。 甘露台は木や石は記念碑で寸法は人間甘露台の年限道中、みかぐらうた、御筆先、泥海古記、おさしづは一貫して甘露台は人間である事が分からなければ理解
が出来ません。国の本尊として中宮に奉り甘露台授けづとめを勤める事になっています。世界第一の参り場所に成るそうです。元治元年本席夫婦が初参りされた時から神一条の支ご拵えとして神一条の道が始まりました。明治二十年からしばらく休まれ(道理上の道、応法の道)、
昭和十七年から神一条の道は始まったのです。それが、泥海古記です。十億年前の話しではありません。山城、伊賀、河内は先を見込んで甘露台親様の道中を示されたものです。現に神一条教本部は河内の布施三の瀬にあります。ここから始まったから紋形無い所から始まったと仰せ有ります。今回はこの辺で大和里にします。有り難う御座いました。
合 掌
大掃除される前に聞き分けて 投稿者:安達 投稿日:2006/01/26(Thu) 14:45:40 No.1415 [返信]
大掃除される前に聞き分けて 投稿者:安達 投稿日:2005/09/15(Thu) 23:31:53 No.802 [返信]
今、天理教の信者は天理教祖百二十年祭をスローガンにひたすら活動を展開して居られますが、ご苦労さんと言った所です。760と761でお伝えした事を承知の上の活動なら良いのですが多分ご存じないままの活動でしょうね。
天理教にはノルマがありお供え金幾ら、信者獲得数、布教所・分教会新設初め修養科生、講習生、ひのきしん何人(心定め)本部から割り当てが来るそうですね。
たとえば小規模の分教会長さんは大教会の用事、教区の用事やら自分の教会の用事と目まぐるしい日々を送られるためおさしづをじっくり拝読する時間は与えられていないので、この様に伝えても人様の事で我に関係なしと言った所でしょう。本部から出される出版物以外は目を通す事などまあ無い様です。天理教の原典に書き残されている事は何時まで実行されるのでしょうか?
明治四十年から百年に成ります。六月九日は本席、飯降伊蔵様の百年祭に成ります。私が思う所、天理教の百年と言う年限は来年の平成十八年六月九日で終わります。 ホームページを見て下さった方ならお分かりでしょう。
明治三十三年一月四日のさしづに 多くの處いろ\/理以て防がにゃならん \/ 。無い道始め掛ける。怖いような事は無い。怖いような心で、末代という道通れん。百年先の道、今日始めるも同じ事。この心持って、臨機応変と諭したる。萬人の中一人以て(人間甘露台)防ぐは神の力、神の理。
明治三十三年九月九日(陰暦八月十六日)夜九時頃(明治三十三年は西暦1900年でした)刻 限(本席の御身上前日より大變御障りの處へ刻限の御話あり、本部員一同拝聴す)前略 何時どういう事出来るとも、見にゃならんとも分からん。 どういう峠越さにゃならんとも分からん。明日日どういう事見にゃならんやら分からん日になりたる。これまで年限長いと皆諭(さと)したる。よう思案してみよ。先の事知らしてある。後や先になる。皆一つ一つ調べてみよ。嘘(うそ)はありゃせん。皆先の事言うたる。言うて置いた事は、年限の内にはどうでも出て来る見えて来る。どうでも先きの事いうて置いたら、その日が来る。百年の先の事言うて置けば、三十五十の者は知ろまい。なれど、どうでも出て来る。これよう聞き分け。元の話しはこのくれいのもの。よう聞き分け。・・・ そら遠い所やない。内に出たる。傍(はた)の者も、一名二名に巻かれて居た。三年四年は自由自在にして蔓(はびこ)られた。一言も返やした者はあろまい。神の道に嘘は無い。嘘に旨(うま)いものは無い。勇んでくる。嘘やない。結構臺(だい)である。・・・ 日本に数無い偉い者出て来る、捜(さが)して来るとも分からん。これだけ説いたら分かるやろう。と仰せ有りました。チッヨト長くなってしまいました。後で後悔無きようにせよと仰せ有りましたので後悔されません様。
天理教立教百年祭は昭和十二年でした。明治百年は昭和四十二年でした。
御教祖百年祭は昭和六十一年でした。明治三十三年から百年は平成十二年でした。
明治四十年から百年は平成十八年です。これで終焉すると思われます。仏教の様に終焉しても大神様を無視してズルズルと行かれるかが問題です。
天理教とほんみちはどうなるかと申しますと足場又は用場と仰せ有りますから解体が本格的に始まると思われます。どれだけの余裕が有るか分かりません。
昭和元年から八十年に成ります。昭和十七年から六十五年です。
昭和二十一年から六十年で還暦、本家帰りです。
昭和四十九年から三十三年に成ります。何時まで待って下さるか?ご覧の通り地球の至る所で災害が発生しています。大掃除です。天下火柱水柱でノアの方舟現象が見られます。今の所、大阪は大災害は避けて頂いています。お陰様で!
甘露台三下りの二下りをお伝えしましょう。大正・昭和二年のおふでさきに有ります。 二 下 り
一ツ ひろくもんよりさしかけて ほんやのもよしよやないか
天理教の人だけでなく広くおさしづ、おふでさきを研究しょうやないか。
二ツ ふしんするならぢどりから みさだめつけにやいかんでな
三ツ みればよふばがじやまになる どこへなほしてよかろうぞ
見れば天理教本部がじゃまになる、どこへなおしたらよいだろう。
(大きな建物建てて人の迷いの台にするなとおさしづに仰せあり)天理教では御教祖の思惑が分からず神一条より知らせても聞き分けない。
四ツ よふばひとつでいかんでな みいつゆうづはせにやならん
道は一(教祖)二(本席)三(甘露台)と次々に台が変わりて最後に神一条でお言葉を明らかに打ち分けるのであります。
五ツ いつまでしやんしてみても いづれよふばがじやまになる
何時まで思案してみても人間勝手解釈では神の大旨が分からんからと仰せ有ることをよく考えること。
六ツ むりにとれゑとゆはんでな こころさだめてとるがよい
無理にとは言わんが神の思惑が分かったならば。
七ツ なんでもたちものとりはらい あとへたてるがよいほどに
雛形の道(天理教)を取り払い神一条の所建てる様に 雛形の年限は切ぱつまりて人間勝手の悟りでは神の大旨を世界の人にうつす事が出来んからと仰せ。
八ツ やしきないとはおもふなよ もとのやしきがあるほどに
雛形の道は取り払っても元のやしき(人間甘露台の所)があるから早く踏み止めねばならんとの御残念の仰せであります。
九ツ このうちにいつまでも おいてもらふとおもへども
天理管長の事 天理教の所に何時までもおいてもらう
十ド このたびぜひがない やかたもらうてたちかへる
と思えども人間甘露台が出現したので退かねば成らん。
明治二十二年(甘露台誕生)より二十六年目は大正三年初代管長逝去
昭和十七年(泥海古記終わりの年限)神一条、三教一ツに打ち出しより二十六年目、昭和四十二年に二代管長逝去、何事も大神様、御教祖様の御残念であります。
管長とは皆様は真柱と言っています。肝心要は教えて頂いておりません。天理教では解ける人がいないのです。只経験上からの話に成っています。神様の話は奥が深いです。聞く耳のある人に教えて上げて下さい。有難う御座いました。
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Re: 大掃除される前に聞き分けて 安達 - 2005/09/25(Sun) 23:36:59 No.803
天理教は雛形の道で手本雛形ですが、良い雛形も悪い雛形も出しています。
神一条の道を付ける為に先駆けとして出された教えです。
仏教、キリスト教、天理神道は蝉の抜け殻の様な物です。
天理の道の母もとから人間甘露台が出現したらもうお役名が終わったのです。
嘘か本とかはおふでさき、おさしづをしっかり調べられたら分かります。または
神一条教本部の文献、解釈を見て頂くか話を聞いて頂けば理解出来ると思います。
明治24年2月7日のおさしづ
これから先は神一条の道、国会では治まらん、神一条の道で治める、怖わい道があってやれ楽しみと言う。とありました。天理の道と神一条の道は又一つの別派とおさしづに有りますように神一条教は別の道で元々の道です。
今回の衆議院選挙で自由民主党が比例代表のお陰で圧勝しました 。
創価学会をベースにした公明党の票も借りて与党は三分の二のアットー的多数を手に入れ改革路線を爆進しようとしています。実に怖ろしい事です。
中国の予言書の耶馬対の詩に二十、猿犬英雄レ稱(えんけんえいゆうとしょうす)と有ります。註、猿や犬みた様な者が私は英雄と稱すると言う今日議会の如く力一番よく分かるのである。 つまらない者が上に立って偉い者だと言うて居ると言う事ですと聞いています。人間方法手段でこの世界は治まりません。
法律などで治めてきましたが治まらなくなり仕舞いに宗祖を出して収拾が付くそうです。東京大学やら有名な大学院を出た博士でも半学問であるとの事です。
丸学問とは天書で有ります経文、聖書、御神言(みかぐら歌、おふでさき、泥海古記、おさしづ)を修め、引き合わせて月日大神様の教えに従う事だそうです。
我が俺がを除けて宜しく聞き分けて下さい。心当たりのある人に伝えて下さい。
この世界を用木暮らしの世界に立て替えて頂きましょう。
よろづ書き込みから移し 投稿者:安達 投稿日:2006/01/26(Thu) 14:43:04 No.1413 [返信]
是非、ご確認して下さい。 投稿者:安達 投稿日:2005/08/28(Sun) 15:19:15 No.761 [返信]
お道を極める兄弟姉妹の皆様のために一考、資を投じます。
布教活動・教会の用事等々ご苦労様です。宜しく聞き分けて下さい。
☆中山みき様とは単なる名前だけではありません。☆
明治32年8月21日のさしづに『この道木に譬(たと)えてあるが人に諭す』と有ります。
一本の木を想像して下さい。根が親です、御教祖中山みき様はみき(幹)です。我々
は枝葉に成ると思いますが、お分かり頂けますか?
おふでさき 三号 90の歌に
日本みよ小さいようにおもたれど 根が現れば恐れ入るぞや (根が親です)
明治22年1月25日(二一頁、P341)この根から始まり、何とも分かり難ない。古い新しい一寸言えばさあ\/実を見てこうのう渡す、理を渡してある。
単純に言えば根と言う字は木偏に艮と書き、用木は丑寅(艮)から七柱大食天命の役を以て出現する事、仏教では真仏(ミロク)そして虚空蔵菩薩の姿、月日灯明台、其れを真柱、人間甘露台として天理の母元から出現した。 聖書では七ッ星七つの金の灯台(人の子)一つの事を言ってあります。七福神の弁財天如も同じ事で全て一つの事を仰せ有ります。
御筆先 十号 22
この台をどういう事に思ふかな これは日本の親であるぞや
(この台とは人間甘露台の事)
御筆先 十七号 3 では
この台をどういう事におもている これは日本の一の宝やと仰せ有りました。
(この台とは人間甘露台の事)
☆甘露台は人間である。話をすると言う事。 神一条教で人間甘露台と言っているのは
☆明治二十一年六月二十三日のおさしづに☆
前略 甘露台一ツ人間定めてある、 何でも一日ある 楽しみあるということ 治めてもらいたい。 このおさしづから来ています。 石や木の甘露台ではない事を伝えるためあえて人間を付けられた。甘露台は木や石ではありません。 それは雛形記念碑です。
御筆先 十七号 58
このざんねんなにの事やと思ふかな 甘露台が一の残念
(木や石の甘露台記念碑なら何も残念な事はありません)
御筆先 三号 31
親々の心違いのないように 早く思案をするがよいぞや (親とは甘露台の事)
御筆先 九号 45
今成るの甘露台とゆふのはな ちょとの雛形迄の事やで
(石や木の甘露台は)
御筆先 十号 77
この度の甘露台といふのもな これも今までしらん事やで
(甘露台は人間である事)分かりますか?
☆さらにこの証拠はおさしづでは☆
☆明治二十一年六月三日のおさしづに ☆
前略 一ツ事情 分かりがたない 刻限理持って話する、是まで 急き立てたる理、 早く甘露台珍しい事云いかけ、又始めかけ 甘露台一条せかいにある事はいわん。これから神の云ふ様にする事、だんだん聞かす、 だんだんたちきたる(年限が)はんぜん理 分かりがたない 是から天理運ばねばならん、 世界事情 世界ある道はいらん(各宗教は大神の大旨が分からんから早く神一条を踏み止めねばならん)せいでもよいものや 通るに通られん(人間思案の心では)世上理に迫る 一寸一ツさしづいついつまでの事情(天理教も人間心ではならんから おさしづ一条で立つ神一条の道でなくばならんとある) 事情は甘露台早くなるならんではない(神一条人間甘露台をつれて通るから早くふみ止めねばならん) 連れて通る(人間甘露台を)世上(天理教の道)理、世界の理 この事は五十年以来一年理をみてどう云ふ分かり (文久二年より大正元年は五十年の年限はひと仕切ると仰せ有ります) 古き者を向かひ取り一寸心に掛かる、一ツ理 神一条大切な理と云ふは、古き者や、新しき者や一人ではない(明治二十六年にお里様ご逝去なされるまでに 明治二十二年に理を受けて古い理を新しい道を付けさすために五十年間の道中の苦労をさしてお仕込みの道中であろう)皆いんねん (いんねんよせて守護する) 古きもの失ふ 理うしなふよふ この理 聞かねばならん、 みな追々すみすみ心を以て甘露台理を聞かす、又々刻限まちて知らそ 後略
☆明治二十一年六月三日午後四時 山本利三郎より伺
前略 一つ事情分かり難ない。今まあ刻限以て知らそう。今又話、かんろうだい珍しい事言うで。だんだん始め掛け。だんだん道分からんから遅れてある。世上の道皆世界にある。世界にあるものなら要らんものや。なれども長い道やで。一寸許してあるのや。これから神一條やで。實なる處かんろうだい。早や早や取り決め取り締まれ。難しいようにあるけれど、神が皆働く。何でもない。なれどもなかの道である。一寸許したもの、これまでの處迎い取りたる者もあるで。一人ではない。古きの理を失えば、皆自然と理を失うで。かんろうだい一條の道通れ。かんろうだい一條の話、又々刻限以ちて知らそうと、又々と。
☆明治二十三年八月十ニ日(陰暦六月二十七日)午後二時五十分
前略 真実々々台是談示出来る どんなことも話しよう、聞きよう三才童子一つの理をもち今日の指図、今日の事を知らす 明日の指図といえば明日のことを知らす、三年先の事を知らす、生涯と云へば生涯の理をすっきり指図する人。 人間心出そう、出すまい。なれどもほこり聞かし、気兼ねをしたりしては、心たん神入り込むことが出来ん。 後略
(注)生涯と云へば生涯の理をすっきり指図する人と仰せ有りますが今出版されているおさしづは人が削除されています。人が無くても分かりますが。
このお筆先やおさしづを読まれたら義務教育を受けられた方なら理解出来ると思いますが如何でしょうか?たとえ智者、学者と言えども分からないはずです、話しを聞いて成程な〜と分かるのです。☆何時まで道を遅らせたら気が済むのでしょうか?☆
甘露台は人間である 投稿者:安達 投稿日:2004/10/23(Sat) 11:47:43 No.48 [返信]
今迄、天理信者の知っている甘露台は木の甘露台で、目どうにしてきました。天理教史をさかのぼりますとぢば定め後は小石が積んであったそうです。その後は本席様が作られた木製の甘露台、石の甘露台2段、明治15年官憲に没収されるまで、また、また小石が積んであり、その後は社の大きなほこらが据えてあり、その後木製の甘露台に成ったと思います。無意識の内に刻まれた甘露台は木製の雛形で将来は石の甘露台を積み立てる、十三段揃ったら甘露台を囲んでお願いを掛ければ何かなわんと言う事はない、また、寿命薬を下さる(詳細略)と伝えられてきました。
☆甘露台は人間である。話をすると言う事。神一条教本部で人間甘露台と言っているのは明治二十一年六月二十三日のおさしづに
前略 甘露台一ツ人間定めてある、 何でも一日ある 楽しみあるということ 治めてもらいたい。 このさしづから来ています。 石や木の甘露台ではない事を伝えるためあえて人間を付けられた。甘露台は木や石ではない。
(人間甘露台は月日の代理、人間の代表です。星で言えば北極星で動いて用無し星、 標準、基準となる星です)
御筆先 十号 二二
この台をどういう事に思ふかな これは日本の親であるぞや
(この台とは人間甘露台の事)
御筆先 十七号 三 では
この台をどういう事におもている これは日本の一の宝やと仰せ有りました
(この台とは人間甘露台の事)
御筆先 十七号 五八
このざんねんなにの事やと思ふかな 甘露台が一の残念
(木や石の甘露台記念碑なら何も残念な事はありません)
御筆先 三号 三一
親々の心違いのないように 早く思案をするがよいぞや 親とは甘露台の事
☆明治三十三年九月九日のおさしづに (明治三三年は西暦1900年です)
前略 百年先の事いうておけば三十・五十の者はしろまい なれど どうでも出てくる(人間甘露台が)後略 実際は昭和十二年天理教百年祭と明治百年の事です。
お読みの通りこのおさしづは予言書に成っています。未来形でお話されたものです。明治33年は1900年でしたので私達人間から見れば、百年は2000年になります。(平成十二年) 是非ご思案して下さい。
御筆先 九号 四五に
今成るの甘露台とゆふのはな ちょとの雛形迄の事やでと仰せ有ります
(石や木の甘露台は)
御筆先 十号 七七に
この度の甘露台といふのもな これも今までしらん事やでと仰せ有ります
(甘露台は人間である事)
さらにこの証拠は
☆明治二十一年六月三日のおさしづに
前略 一ツ事情 分かりがたない 刻限理持って話する、是まで 急き立てたる理、 早く甘露台珍しい事云いかけ、又始めかけ 甘露台一条せかいにある事はいわんこれから神の云ふ様にする事、だんだん聞かす、 だんだんたちきたる(年限が)はんぜん理 分かりがたない 是から天理運ばねばならん、 世界事情 世界ある道はいらん(各宗教は大神の大旨が分からんから早く神一条を踏み止めねばならん)せいでもよいものや 通るに通られん(人間思案の心では)世上理に迫る 一寸一ツさしづいついつまでの事情(天理教も人間心ではならんから おさしづ一条で立つ神一条の道でなくばならんとある) 事情は甘露台早くなるならんではない(神一条人間甘露台をつれて通るから早くふみ止めねばならん) 連れて通る(人間甘露台を)世上(天理教の道)理、世界の理 この事は五十年以来一年理をみてどう云ふ分かり (文久二年より大正元年は五十年の年限はひと仕切ると仰せ有ります) 古き者を向かひ取り一寸心に掛かる、一ツ理 神一条大切な理と云ふは、古き者や、新しき者や一人ではない(明治二十六年にお里様ご逝去なされるまでに 明治二十二年に理を受けて古い理を新し い道を付けさすために五十年間の道中の苦労をさしてお仕込みの道中であろう)皆いんねん (いんねんよせて守護する) 古きもの失ふ 理うしなふよふ この理 聞かねばならん、 みな追々すみすみ心を以て甘露台理を聞かす、又々刻限まちて知らそ 後略
☆明治二十一年六月三日午後四時 山本利三郎より伺
前略 一つ事情分かり難ない。今まあ刻限以て知らそう。今又話、かんろうだい珍しい事言うで。だんだん始め掛け。だんだん道分からんから遅れてある。世上の道皆世界にある。世界にあるものなら要らんものや。なれども長い道やで。一寸許してあるのや。これから神一條やで。實なる處かんろうだい。早や早や取り決め取り締まれ。難しいようにあるけれど、神が皆働く。何でもない。なれどもなかの道である。一寸許したもの、これまでの處迎い取りたる者もあるで。一人ではない。古きの理を失えば、皆自然と理を失うで。かんろうだい一條の道通れ。かんろうだい一條の話、又々刻限以ちて知らそうと、又々と。
☆明治二十三年八月十ニ日(陰暦六月二十七日)午後二時五十分 前略 真実々々台是談示出来る どんなことも話しよう、聞きよう三才童子一つの理をもち今日の指図、今日の事を知らす 明日の指図といえば明日のことを知らす、三年先の事 を知らす、生涯と云へば生涯の理をすっきり指図する人。 人間心出そう、出すまい。なれどもほこり聞かし、気兼ねをしたりしては、心たん神入り込むことが出来ん。 後略
(注)生涯と云へば生涯の理をすっきり指図する人と仰せ有りますが今出版されているおさしづは人が削除されています。人が無くても分かりますが。
甘露台親様から聞かせて頂く話しが寿命薬になる。ああっなるほどな〜と心も晴れるのであります。身上の方も帰る頃にはすっきり良くなっていたと言う事でした。
打明場所ですので聞き違い、取り違い、思い違い、通り違いして来た事をサンゲすれば悪因縁も切って下さるのです。
おつとめは十柱の神様にお願い勤めと甘露台三下り、甘露台授け勤め十五種類が事情に応じてつとめさせて頂いて居ります。
石の甘露台は記念碑です。月日御教祖が定められた物ですので変えられません。元治元年からの事をご思案して下さい。
天理教にもユダが居りました。 投稿者:安達 投稿日:2004/10/23(Sat) 11:54:29 No.49 [返信]
天理教にもユダが居ました。確認して下さい。
神一条教本部に運んで頂ければキーボード打たなくてもいいのにね〜ツ!
天理教が自信を持って元成るぢばと胸を張って言って居るのはおふでさき十七号の7〜10の歌を読まれて言っていると思われます。誰が読まれてもその通りですと言われるでしょう。
月日大神様は甘露台親様の身の内(身体)を指してぢばと言っている事が分からなければご無理ごもっともですと成ります。
大正の分のおふでさきを並べてみましょうか。何処が違うか。読み比べて下さい。おおまけに注釈も添えましょう。
お筆先十七号 明治十四年(教祖八十四才の御時)六月よりお書取
昭和七年(ふみ止めの年限)より十四年は昭和二十一年 文久二年より八十四年は昭和二十一年 明治六年(甘露台模型造らる)より八十四年は昭和三十一年(神一条三十年祭) 十七号は明治十四年より昭和四十九年の年限 この年より三ヶ年のもようしっかり精神定め
いままではなんのみちやらしれなんだ けふからさきはみちがわかるで 1
一 明治六年本席により甘露台の模型造られるより昭和三十一年(神一条三十年祭)神一条三十年祭は天理教七十年祭で七で切って三でつなぐ(七は切る理 三はつなぐ理)天理教より神一条の道に変わる事
このみちはどふゆふことのおもふかな かんろふだいのいちじよのこと 2
二 神一条の道は人間甘露台を出し甘露台によって世界一烈の人の心を立て替える道である。
このだいをどふゆふことにおもてゐる これはにほんのいちのたからや 3
三 此の人間甘露台をどう思っている、これは日本の一の宝である。
これをばななんとおもふてみなのもの このもとなるをたれもしろまい 4
四 此の元を知らんから皆の者は人間甘露台をうたがうたりして分からない。
このたびはこのもとなるをしんじつに どふぞせかいへみなおしへたい 5
五 この度は人間甘露台をお出し下さった元を世界の人に教へたい。
このもとはいざなぎいいといざなみと みのうちよりのほんまんなかや 6
六 この元はイザナギとイザナミの真中の天の一粒種である。(以)
注 人間初めかけの事 此の元は以邪那岐と以邪那美と 身の内よりのほん(人間)真ん中やと大正の筆先の注釈に書いてあります。
そのことでせかいぢゆうのにんげんは みなそのぢばではじめかけたで 7
そのぢばはせかいいちれつどこまでも これはにほんのこきよふなるぞや 8
七〜八 天理教で御教祖が本席夫婦を伏せ込まれ、今度神一条へ人間甘露台として出現し甘露台の身体を地場と仰せある、神一条人間甘露台の所は人間の故郷である。
にんげんをはじめかけたるしやかふに かんろふだいをすゑておくぞや 9
九 文久二年(おさと様産後の患いから引き寄せ)元治元年(本席様も入信)明治十五年(本席夫婦名実共にお屋敷に住込み)人間甘露台を伏せ込んだ証拠に雛形の甘露台を造っておかれた。
このだいがみなそろひさいしたならば どんなことをがかなわんでなし 10
十 十柱が揃ったらどんな事でも叶わん事はない。
注 (天理教ではイザナギ(本席様)でイザナミ(おさと様)がまだ出ていないから九柱で三 三 三の授けである。)
それまでにせかいぢゆうをどこまでも むねのそふじをせねばならんで 11
十一 人間甘露台の出る刻限が来る迄に世界中の人は心の掃除をしなければならない。ここまでにしておきます。7番目このことでとこのとこでは違います。天理教的に取ればこのとこでの方が盤石な分けですがこのことでが正しいのです。
書き換えは沢山ありますがおさしづ明治二十六年三月十八日(七二頁、P1762)
わしは何時何處へ出帰るかは知れん。北の方へか、南の方へか。どちらへ出るやら、そこは未だ分からん。なれど、十二月二十日に生まれると、日を切って置く。これだけ知らし置く。おさと様の遺言ですが、十二月十日が二十日に書き換えられています。ここで書き換えられても(M27・11・17)(一八八頁、P2188)に裏と表という理を楽しんで来た。・・・神一条さしづ一条、一つ治めにゃならん。・・もう又だん\/戻りて来る。十日の日一日で十分治めさす。・・明らか道付いたら、明らか道通らにゃならん。この道話てくれにゃなろうまい。と仰せあります。伺っている内容が違うではないかと言われると思いますが(M25・2・18)さしづの理はたった一つの理を諭してある。なれど分かりゃせん理のさしづには違わんという理を取らにゃならん。と有る分けです。(一八九頁、P2189)に・・これまでさしづしてある。失うて了えばどうもならん。何年後にこう\/映してある。紙を調べて見よ。皆分かる。とまで書いてあります。
これがトドメのよな物です。明治三十一年八月二十六日夜の(二一七頁、P3083)・・その時貰い受け、夫婦貰い受け、荷物持ってやしきへ伏せ込んだ一つの理、何と思うか。道の心が違う、心が違う。親子存命掛かりから伏せ込んだ理何處にあるか。分からんか。違い無いから、誰にどうもこうも、十分に言われた。真実心に凭れて居て、世界の者、金を以て雇い込んだ者でなし、心一つ伏せ込んだ。いつになっても動く事無し。萬事の處は話し掛ける。この順序本席を戴く諭すには、元という理を諭してくれ。雇い入れた者やない。お前どうせいこうせい言えん。今日世界から見ても、順序の理である。一つの席であるで。
これは二ヶ所書き換えられています。分かりますか。昭和四年九月二十六日中山正善様発行分と比較して下さい。三五三頁、P4359・・・その時もらひうけ、夫婦もらひうけ、荷物もつて屋敷へふせこんだ、一つの理なんとおもふか、道の心がちがふ、心がちがふ、親子存命かかりからふせこんだ理どこにあるか、わからんか、ちがひないからたれにどうもかうも、十分にいはれた、しんじつ心にもたれてゐて、世界も子のもの、金をもつてやとひこんだものでなし、心一つふせこんだ、いつになつてもうごくことなし、萬事の處ははなしかける、この順序本席をいたゞくさ とには元といふ理をさとしてくれ、やとひいれたものやない、おまいどうせいかうせいいへん、けふ世界からみても、順序の理である、一つの席であるで。ハッキリ名前が出ているでしょう。大工夫婦様に全て任された事が分かれば有難い物です。
(M31・7・14)たちや数えてみよ 皆かりや建てにたてかへ今日はどこにもかりや 仮や ほんに成程という誠の誠の連れて通りた一人順序の理(お里様)があるわい。 差し詰まりた日あるわい\/。あった時にはどうするか。・・・よう\/連れて通りた心察してみよ。順序になるかならんか。聞き分け一つの理から、心を合わせてこうであるといえば心の探り合い疑いはあろうまい。証拠現れて行けば、間違いはあろうまい。・・ 裏かじや表大工聞き分ければ神が守護、十二下りの止は大工、これさへ聞き分けたら苦労したいと云うてもでけんが神の守護、十二下りの止めは大工、裏かじや、表大工といへばなんやろと云ふ さあ\/言葉を台にして身の内入り込む 言葉を出す今日やきのふの理で言葉を出せるか出せんか聞き分けどれだけの賢(かしこ)いのやとひ入れたのやない元を思へ土の中に種をおぼりた話順序つけたる(元治元年からまいた種)
本席様はおさと様を人間甘露台として出す為に二十年間左の扉を開けておさしづを出して下された。それで、神一条の道が始まったのです。山城、伊賀、河内と泥海古記にあります通り河内から神一条教本部始まりました。将来は伊勢に中宮を建て国の本尊として甘露台を祀りよろづ助けのおつとめをする。世界中からお願いに来ると伺っております。三軒三棟の話です。外宮、内宮、中宮
鍛冶屋と言えば梶本家の事になり、真之助様は御教祖の孫ですが、このお道ではかぢやはかじやで舵やの方です。御教祖様は世界助け舟でその舵取りをされて居られた方はおさと様でした。裏と表は抱き合わせと有りますように本席様とおさと様は夫婦ですから。裏は内助の功の奥様の事です。京都の大文字焼きにも舟形で示してあります。おさと様の事は沢山あります。明治31年5月9日夜の(一〇四頁、P2970)何も分からん、埋もれて了たる。神の理が埋もれて、理があるか無いか。この理から分ける。しんばしら\/、今は家内と言うやろ。今日は出ようと思えば、出たがよい、休もうと思えば休んでもよい。後は人衆という。伏せ込みと人衆という。この理が分からねば、何もならん。と仰せ有ります。家内とは本席様の奥様おさと様の事です。 極め付けは明治31年12月31日 刻限御話(二八七頁、P3153)もうわしもでますわい。古い\/話するから・・・大工というて伏せ込んだ事三十五年、三十五年以前より、杖柱にして連れて通りて開いた道。この理はこれまで説いた事は無い。家内伏せ込んだ\/。何も知らん者から飛び込んだ\/。これ治まりたら、席はあのくらいあるものか、日々どうせんならん、この話しあるなれど、身上迫り、神の話もある。順々深い話する。これをうっかりしては居られんで。夢にも伝えたる。又さしづに知らしたる理は、一人限り聞き分け、思やんせにゃならん。後略このさしづは長いさしづです。回想が沢山あって懐かしいおさしづです。このおさしづはおさと様の事である事は直ぐ分かるでしょう。本席様夫婦は杖柱、談示柱として仕えられたのです。真之助様でありません。
本席様はおさと様を人間甘露台として出す準備をしてくれたのです。神一条の道の為に二十年間左の扉を開けておさしづを出してくれました。今度は昭和十七年から三十三年三ヶ月右の扉を開けてみかぐら歌、おふでさき、泥海古記、おさしづ、経文、聖書、古事記、書記、耶馬台の詩、その他、等々を解釈してくれたのです。角目々々を聞けば理解できる様に。神一条人間甘露台親様が本当の元の神、実の神で有る事を聞き分けなければどの様に良い教えでもついて行く事は出来ないのです。大正十四年入信から昭和四十九年昇天まで五十年でした。
ノストラダムス1999年7の月は1+9+9+9=28で昭和21年から28年は昭和49年今年10月3日は31年祭です。昭和42年は昭和17年から26年で明治百年です、この年から七年後の昭和四十九年まで人間甘露台。その後は存命の理です。奈良初瀬七里の間七日かかりては7×7=49、一里は四キロメートルで7×4=28、お月様は新月、満月、終月まで27日と7時間で約28日、ご婦人の月の物はここから来ていて月経という。毎月花が咲いて散る行為が三十三年三ヶ月とか聞きます。
昭和十七年から昭和四十九年まで三十三年です。 仏教辺省きます。
以呂波四十九文字は昭和十二年天理教百年祭甘露台親様四十九才、牟(吽)京、間違いなく出現されました。長く成り過ぎましたのでここで置きます。年限は沢山あります。是非、興味を持って下さい。真実を知って下さい。
天理教にユダは居ましたですね。 有難う御座いました。
天理教会本部の道と神一条打明場所の道との違い。 投稿者:梅一厘 投稿日:2002/06/23(Sun) 23:35:47 No.11 [返信]
18‐A、天理教本部の道と神一条打明場所の道との違い。
この資料は18の再編、追加です。これ等のおさしづを拝読されてよく思案して頂きたい。
先ずはおさしづの定義として(M25・2・18)さしづの理はたった一つの理を諭してある。なれど分かりゃせん理のさしづには違わんという理を取らにゃならん。身上に事情と言えど事情による。
(M30・2・25)さしづというはこれまであれこれさしづしてある。なれど反故同様。一つ緩む(ゆるむ)二つ緩む。だん\/世界聞き分け。相当なるさしづ選り分けてくれ。選り分けてくれ。だん\/それこれ選り集めるなら、一つ理から自由(じゆうよう)とさしづして置こう。
(M25・6・4)幾重のさしづもあろう。引き合わせてみよ。成程の理も分かる。このおさしづに依りまして集めたさしづから判断して頂きたい、神意を聞き分けて頂きたいと思います。元々は神一条の道でしたが 本席様が出直されてから天理教と名を変えて、神様を裏切られた。
(M20・11・16)神一条の道は誠一条の道を分かりてくれねばならんで。心一つ定まてくれねば分からんで。
(M21・1・8)神一条の道は一寸難しいようなものや。一寸も難しい事はないで。神一条の道はこういう處、一寸も聞かしていない。天理王命というは五十年前より誠の理である。ここに一つの處、天理王命という原因は元無い人間を拵えた神一条である。
(M21・6・5)又々処々をかわる処、実の処、早く求めよ いかなる道も分かるであろう、やれ\/と云(い)う日もあろう一ツ 心早く一ツ運ばねばならん何でもならん日柄刻限はづさんやう神一条の道である 早くいそげ取り掛かれ。 まあ\/一寸始めたらだん\/理を聞かす めん\/さとし一ツ心も治(おさ)めねばならん聞き分けわからん 天理王命名を所へ弘めかけ一ツ事情分かる 分からん多くの中 神一条ならばは(わ)かりがたく一ツの道これが十分たしかな道 思案第一ならんいつ\/迄見のがしはならんといふ いかなる処人間一条理では 分かりがたないあやぶいものである、早く取り替へ \/ 神一条 \/。
(M21・6・8)神と上(かみ)と云(い)うは ふたがあきにくい 一寸見ていよ細々ながら この道(神一条の道)みんな集まる 世界の道におされるから細々の道許した ふりかわると、ころりとかへる ころりとかへる 神一条の名あげ、一ツのほそ \/の道。
天理教で無く、神一条の名あげと書き残してあります、如何、思われますでしょうか。 (お筆先四号41 あす日は何でも頼みかけるでな 神一条につかねばならん)と仰せ有ります。
(M22・4・18)さあ \/ 天理教会やというてこちらにも始めかけた 応法世界の道これは一寸の始めだし(足場) 神一条の道はこれから始めかけ元一つの理(元治元年)と云ふは今の一時と思うなよ(末代続く道)今迄に伝へたるはなし 甘露台といふてくどき \/ つめたる。
(M23・4・20)午前四時刻限御話((P66、662)さあ\/しんばしら\/、後一つは親族。刻限という、刻限というてはとんと分かり難ない。秘っそう\/にして真の親族、いんねん、しんを定めてこれもこうかい、あれもこうかい、一つの理が治まりたら何かの事も治まる。又々話、今日は親族の理は深きの理、これで親族という。神一条の道は又一つ別派、それより血分け、心の理より来る理がある。誠の道に寄り来る。神一条の道から始まりた真実の心という。たんのうの心より治まる。こうすればこう成る。
(M24・2・7) これから先は神一条の道、国会では治まらん、神一条の道で治める、怖わい道があってやれ楽しみと言う。
(M24・5・18)皆承知をして居れば、その日が来てもほんにあの事情かと、心に楽しむ。いっぱしどいう事情になるとも、日本一つの道がある。こうがある。神一条と言うてある。分からんやあようまい。案じる事は要らん。天より始めた一つの道を治めるという。
(M23・6・21)又一つには珍しい所が大和の國に出けたそうな。一寸見てこうかと言うは今までの處、まあ\/世界では事情掛かり一時分かる處もあれば、分からん處もある。なれど人間の道というは、働くという理は話したる。隅から隅まですっきり洗い切る。どうでも洗い切らにゃならん。・・・今日の道に人間の心でする事はその場は治まる。人間の心の事情は皆々苦情となる。その場限り、神一条の道は心の理を以てするから、入る来るも出て来るもこれまでの處、並大抵な道じゃなかった。・・・成程どう成るも内からするのやない。皆世界から寄り合うて出け立つ道である。内からせねばどうするかと言うた日もある。なれど一つ越し、二つ越し、皆越して来た。又一つ内々親族いんねんの事情を以て一つ始め掛けたる。始め掛けたと言えばどういう事と思うやろう。神一条の道は皆兄弟。いずこの理を以て親族、親族は心の結び合い、他人というはほのかな理、神一条の道は神やしき、鏡やしきという。・・・神一条の道には親族は無い。・・・世上の理から見たらどれだけの理とも分かろうまい。古い事思えばたんのう、又一つ親族々々々々、三つの立てやい筆に知らし何であろう。いつの事と思うて居たやろう。この事は十分前に経(た)ってしもうた。
(M24・7・23)まあよいは\/人気々々世界々々、誰々天理教会には押しては無い。事情は皆世界で集まりた處、これで盛大や\/と思う心が間違う。・・・神一条より外の道は通れようまい。・・・神一条さしづより外の道を通る者は分けて了(しま)え。
(M33・10・16)神一条と言うたる\/。神一条でありゃこそ出けた。人間心で出けたんやない神一条で出けたんなら、心分からんにゃならん。人間心は知らんもの。 神一条の者なら、誰も知って居る。年限の道理から治めて行って居る。・・・神一条の道より無いと治めてくれば、神一条の理ある。皆手を打って勇んでくれるがよい\/。 おらもうよい\/と言うは手打ってくれるに及ばん。
(M30・7・14)最初の始まりの理と、直ちにどうと言わん。この元という理、元というはほんのちょいと出て話して、年限初め萬分の一から、成らん理から始め掛けたる。何處にどういう事がある。彼處にこういう事がある。存命中に言うたる。世界道理の理に一つ成るか成らんか。これから考えば分かる。害になると言えば害になる、邪魔になると言えば邪魔になる。これ聞き分け。ぢば証拠人間始めた一つの事情。、かんろうだい一つの雛形を拵え。今一時影だけのもの言うて居るだけでならんから、萬分の一を以て、世界ほんの一寸細道を付け掛けた。どちらやらこちらやらという理は言うまでのものや。どうこうというは、大体の理に分かるもの。ほんの何も知らぬ者寄って言うのや。尽くした理は何時失わんならんや知れん。一も取らず二も取らずという事は、前々に知らしてある。天理教会と言うて、国々所々印を下ろしたる。年限経つばかりでは楽しみ無いから、一時道を始め付けたる。神一条の道からは萬分の一の道を付けたのやで。それから聞き分けば、邪魔になるものは邪魔になる。害になるものは害になる。言うわいでも分かった話や。
(M23・6・17)(P128、724)一点打った印はどうでも違わん。心幾重の一点もあるなと思わんならん。一点の理は年限の理で分けて来た。十分に尋ねてみて皆さんどうじゃと言う。また事情が分かり話が分かるなら、又尋ねさえすれば罪論も無く、妬みやいも無きものや。なれど中にうっとしい日が出来る。世界中皆兄弟という。まして一鍋の物喰べながらあちらでぼしゃ\/遠くの話といえども、何んやらどうもならん。世界を混ぜ返やすようなもの。一日の日でも心たんのうの理は受け取る。金銭の心は受け取りは無い。心だけ金銭、何程の金を持って来て、今日からと言うても受け取るものやない。これだけよう聞き分け。・・・さあ\/席というは元は大工や。十二下りの止めはどういう事か分からんではあろうまい。・・心の理で、今一時は大工一條のこと聞き分け。・・さあ\/皆心の間違い、唱え損い心取り替えたら直ぐの理。これから唱え損い無いようにせよ。よう聞き分け。皆幾何人居る。大工一の仕事、一鍋の道理にするがよい。・・年限の理で分かる。・・難しい事は一つも無い。仮家普請日覆いのようなものや。初めの理はそのまヽ治め・・また日々家内一鍋という。この理をよう聞き分けねばどんならん。
☆これから唱え損い無いようにせよとは南無天理王命でなく、お筆先6号 52 いさなぎといざなみいとが一の神 これで証拠の大神宮なりが主神で南無天照皇大神宮と唱える様にと仰せ有ります。☆
(M21・6・6)さあ\/世界理は十分の理である。神一条事情は五十年以前より、学者がしたのでもない、文字から出来たのでもない、智慧より出けたのでない。さあ\/聞いても居るやろ、見ても居るやろ。何もない處より始め出来た道。何でも彼でも通らにゃなろうまい。通すで。知らんは一度より無いで。程無う間は無い。しっかり伝えにゃならん、通さにゃならん。何も知らん者(神様の思惑、甘露台事情の事)が皆國々へ弘めさしてある。まあ言うて見よならてきや。敵が國越えて(海外布教していますね)弘めさしてある。一度伝える、成程、二度伝える、成程、と思うで。皆真実分かり来るのやで。
☆てきやとは出店、露天商の事で天理教会の事です。方々に教会を建てられたのは旅をすれば休む様な所だ仰せ有ります。中山家は天理教会を本席夫婦は神一条の道を継承されたのです。昭和十七年から細々天理教会に伝えて来ました。
(M21・7・31)この所神一条、五十年以前からの元の理を聞いて心に治めよなら、成程の理も治まろう。天理王命と称するは一つの宗旨(御親の思惑)である 天理王命と元一つ称するは天の月日である。元一つ始めるは女一人である。元よく聞いてくれ。 (天理御教祖様の事でありません)
(M22・8・21)ころりと道を立て替えて、世界これだけの道を始め掛け。神一条世界一つの道 只一ツの道を始め掛け だん\/因縁、因縁の理を持って始めかける理という十分理を聞き分けてくれねばならん ・・・神一条の道はまだ\/治まっていない、神一条の道を通りていると思ふたらころりと間違ふで年限ただ不思議や \/ 思う丈(だ)け何も分かりゃせん 又一ツ一人の小人(人間甘露台)定め一ツの理であろう。
(M21・12・20)此の日一日のはなしこれまではしらせあると云(い)へども さあ\/ いかなる道の理もを(お)さめさし\/\/(月日大神様が人間甘露台親様の心を)さあ\/\/\/神一条の道はさあ\/十分とほす\/十分とほす さあ\/わづかの間 日がちかづけばさあ\/みな\/わかる\/\/ さあ\/いかほどの処にても どれだけの処にても高い処にても谷底(神一条の所)にても高い処は(天理教会本部)われだけの事 さあ\/これまでは一つ又これから又一つ さあ \/ふるき処のはなしきいた処の道は、ただ一だん二だん (一段は御教祖様、二段は本席様)さあ\/もうこれら先の道はあぶなきこわきはない程にさあ\/一条の道は何時にても自由用自在なれどもさあ\/なれど天然自然の道である 。 \/ \/ 。
(M22・7・31)なれど世界の道理上(天理教)から思やんすれば 分からんであらうまい どんな事を定めるも神一条の道をもつてさだめる どうもならんから世上道理上の道(天理教は応法の道として)一寸通してあるのやで神一条の道をどうでもききわけにやならんながらへての道の処 分かりにくい よふききわけてくれ \/ どんな事もさあ世界ありながら どんならん よぎなきの道でない \/ よう聞き分けてくれ \/さあ世界の道はどこでもつけられる 世界の道をもってあちらにもこちらにも本部や にせの本部やといふてゐ(い)る理聞かしたい どんな事でも聞かしてある一日も早く理を見せたい。
(M21・6・15)神一条の一つの道通らねばならん。十分の道である。何か取り締まり方神一条の道という。一つの道どういう處、しんが分かり難ない。
(M21・7・11)そこで、神一条の道 聞き分けてくれ 。何でもない處からだん\/道をつけてきたる處、前々より皆伝へてある。そこで往環道通り難い細い道と通りよい 皆この度の處、本部の方へ掛け合え\/。どうでもこうでも神一条見せねばならん みにやならん \/この度皆世界から押されるから、一寸細い道を許したもの。どうでもこうでも、一つの道通らにゃならん。そこで早く\/道を運んでしまえ。
(M21・9・30)さあ\/又々刻限々々で知らそ。世上の理は今までにも何処にもある。急がいでも\/よい\/。神一条の道はどうでも付けにゃならん付けさヽにやならん \/。
(M21・11・21)さあ\/応法々々の心、皆世界応法の理\/を以てこれ一段で済むと思うなよ。未だ\/神の道がある。さあ\/どうせこうせは言わん\/神一条の道は、もう一段二段の理がある\/。
(M38・5・6)これまで運び方のほんの学びである 一寸橋かけたと同様である そこで事情によってまあ年限まって一ツ理 応法一つ ほんの学びつけかけた。(天理教は応法の道)
(M22・9・17) 皆よう聞いておけもうしばらくの處、神一条の道にしてしまう 日々取扱い成程これでこそ神屋敷、天の理いついつまでも残るという。そこでもう一寸前々よりも伝え話し刻限の理が分かりがたない。これからは皆心を継ぎ合い、人間の心で定めた理は道も続かん、何かのこと頼みおく。
(M22・10・23)さあ\/始め掛けてる處から、どんな事をするのも、神の道から始め掛ける。何かの處も聞き分けてくれ。内々の事情どういう事も仕掛ける。始め掛けたら切りは無い。どう言う事聞き分け。人間心の事情要らん。すっきり人間心要らん。これから先は人間心すっきり要らん。もうこれから神一条という道を立てにやならん 、立てさヽにゃならん 立てさしてみせる 成るも一つの理、成らんも一つの理というは、前々に諭してある。さしづ通りに通るなら、働き掛ける。どんな事もさしづ一つの理を以てするなら、どんな事も神一条の道を通るなら、通してみせる。・・・尋ねたらどんな事情も世界も内も、一つ自然に出来て来るのが一つの理。神一条の道なら尋ね一つから始め掛ける。遅れるから怖わい恐ろしい事情が出る。
(M23・3・6)前々生涯の理も諭しある。そば\/の心、はた\/の理、神一条の道は心に分かりあって分かり無い。内々の事情という・・・もう今の間に勇んで出て来る日がある。この理をよう聞き分けて置け。
(M23・4・19)めん\/神一条の道は、成程一日、神一条の道は知って居ると言うも、それだけの理を運ばねば何もならん。神一条の理をめん\/分かったとも言われまい。
(M24・7・24)神一条の道を忘れては、山坂ころっと落ちにゃならん。
(M25・2・18)治まる道は神一条の道である。神一条ならば存命一つの理、これ第一である。
(M27・11・17)神一条、さしづ一条、一つ治めにゃならん。
(M28・5・13)いかなる事も神一条の道、神一条の理を立てるという事は前々諭したる。
(M28・8・3)神一条の道では功を積んだ者がそれだけの理という。楽々の道は未だ \/早い。
(M31・3・3)神の道ありて、神の道に思い\/散乱では神一条と言わん。
(M40・3・22)(P16、4636)神の自由は人間の思わくところりと違う。何よ十分の道立ち切ってある。あちらで結ぼれこちらで結ぼれたる事は、ぼつ\/ほどきに廻りて居る事知らん知らん。・・・これから先はこれまでの道を通ろうと思うても、神は連れて通さん。皆印を打って組んで行くようなもの。心が違ったら、何よの事も喰い違って合わせんで。何事も出けやせんで。これを一つ心得にゃならん。そこから道理話し掛ける。どういう事始め掛けるなら、重々話しの臺、さあ\/裏は鍛冶屋表は大工、これは一つの臺やで。これを聞き分けにゃ分からん。後々つなぎ切れ目あってはならん。あれも寄せこれも寄せ、つなぎは神の見込みを以て繋ぐ。どういうつなぎなら、後々替わり\/。つなぎ無くばどうでもこうでも裏と表は立たん。どういう事なら、席の言葉出す事聞き分けるなら、神の自由聞き分け出けるやろ。いかな一つ話しも聞き分けにゃならん。さあ\/表裏と言うたる。やしき表ありて裏がある。これ一つ道理聞き分け。
(M31・7・14)たちや数えてみよ 皆かりや建てにたてかへ今日はどこにもかりや 仮や(御筆先 三号1このたびは門の内より建ち物を 早く急いで取り払いせよ) ほんに成程という誠の誠の連れて通りた一人順序の理(お里様)があるわい ・・・ 裏かじや表大工聞き分ければ神が守護、十二下りの止は大工、これさへ聞き分けたら苦労したいと云うてもでけんが神の守護、十二下りの止めは大工、裏かじや、表大工といへばなんやろと云ふ さあ\/ 言葉を台にして身の内入り込む 言葉を出す今日やきのふの理で言葉を出せるか出せんか聞き分けどれだけの賢(かしこ)いのやとひ入れたのやない元を思へ土の中に種をおぼりた話順序つけたる(元治元年からまいた種)・・・ 分かりて知っている者は知っているだけ知らん者に聞かしてやってくれ一声だけでも年限の後にはこういう事があったと知らしてやってくれ、知らん者は無理もないそこでむつかしき事いふのやない何年あとわたしは そこまではしってゐ(い)る それからあとはしらん事は順序席(二代本席)に尋ねてくれ時々の理をもって順序さとす さとせばわかる これでわかれば 一つ一つとりまとめてくれるがよい。(聞き分け出来たら)
元治元年から大工夫婦が出て来られてひのきしんされました。これが種です。裏かじやとは梶本家の事ではありません、御教祖様の世界助け船のかじ取り役をして居られたお方、お里様の事です。夫婦揃うてひのきしん これが第一物種や、大和神社の事件の後、勤め場所の内作りは大工夫婦がなされた事をお知り下さい。この件で皆一時、信心を止めてしまわれました。 表は本席様、裏は内助の功お里様、元治元年のお礼参りから始まったものです。
これでも神一条の道は異端ですか。元々は神一条の道だったのですが通るに通れないので道を変えて道理上の道を通してこられましたが、本席様が出直されてから神が付けた名前を取り消して天理教と名前を変えられた。応法の道として今日に至りました。
これらのおさしづを拝読されて天理教本部の道と神一条打明場所の道は違う事が分かって頂けたら結構です。
月日大神様は人間甘露台を出現させ、神一条の道を始め用木暮らしの世界、甘露台世界に立て替えるのが目的で天理教は足場として通して置かれた物です。早く聞き分けて下されば月日大神様の残念も晴れます。結構な世界に建て替えて下さいます。楽しみの甘露台世界に替わります。
このおさしづについての質問やもっと詳しい話しを聞きたい方は神一条教本部を訪ねて来て下さい。 参られる時は事前に連絡して確かめて下さい。拝読、有り難う御座いました。 合 掌
これらの事、知らずに天理教は無いでしょう。 投稿者:安達 投稿日:2004/10/23(Sat) 11:27:55 No.47 [返信]
おさしづに神一条の道は年限で分けて来たと仰せ有ります。
天保9年から、元治元年から、明治22年から、数え始めは沢山あります。年限で分けてある。本物と偽物を分ける為、確認して下さい。
(M23・6・17)(P128、724)一点打った印はどうでも違わん。心幾重の一点もあるなと思わんならん。一点の理は年限の理で分けて来た。十分に尋ねてみて皆さんどうじゃと言う。また事情が分かり話が分かるなら、又尋ねさえすれば罪論も無く、妬みやいも無きものや。なれど中にうっとしい日が出来る。世界中皆兄弟という。まして一鍋の物喰べながらあちらでぼしゃ\/遠くの話といえども、何んやらどうもならん。世界を混ぜ返やすようなもの。一日の日でも心たんのうの理は受け取る。金銭の心は受け取りは無い。心だけ金銭、何程の金を持って来て、今日からと言うても受け取るものやない。これだけよう聞き分け。
(M22・8・21)ころりと道を立て替えて、世界これだけの道を始め掛け。神一条世界一つの道 只一ツの道を始め掛け だん\/因縁、因縁の理を持って始めかける理という十分理を聞き分けてくれねばならん ・・・神一条の道はまだ\/治まっていない、神一条の道を通りていると思ふたらころりと間違ふで年限ただ不思議や \/ 思う丈(だ)け何も分かりゃせん 又一ツ一人の小人(人間甘露台)定め一ツの理であろう。
(M21・6・8)神と上(かみ)と云(い)うは ふたがあきにくい 一寸見ていよ細々ながら この道(神一条の道)みんな集まる 世界の道におされるから細々の道許した ふりかわると、ころりとかへる ころりとかへる 神一条の名あげ、一ツのほそ \/の道。
天理教で無く、神一条の名あげと書き残してあります、如何、思われますでしょうか。 (お筆先四号41 あす日は何でも頼みかけるでな 神一条につかねばならん)と仰せ有ります。
(M22・4・18)さあ \/ 天理教会やというてこちらにも始めかけた 応法世界の道これは一寸の始めだし(足場) 神一条の道はこれから始めかけ元一つの理(元治元年)と云ふは今の一時と思うなよ(末代続く道)今迄に伝へたるはなし 甘露台といふてくどき \/ つめたる。
(M23・4・20)午前四時刻限御話((P66、662)さあ\/しんばしら\/、後一つは親族。刻限という、刻限というてはとんと分かり難ない。秘っそう\/にして真の親族、いんねん、しんを定めてこれもこうかい、あれもこうかい、一つの理が治まりたら何かの事も治まる。又々話、今日は親族の理は深きの理、これで親族という。
神一条の道は又一つ別派、それより血分け、心の理より来る理がある。誠の道に寄り来る。神一条の道から始まりた真実の心という。たんのうの心より治まる。こうすればこう成る。
(M24・2・7) これから先は神一条の道、国会では治まらん、神一条の道で治める、怖わい道があってやれ楽しみと言う。
(M24・5・18)皆承知をして居れば、その日が来てもほんにあの事情かと、心に楽しむ。いっぱしどいう事情になるとも、日本一つの道がある。こうがある。神一条と言うてある。分からんやあようまい。案じる事は要らん。天より始めた一つの道を治めるという。
(M30・7・14)天理教会と言うて、国々所々印を下ろしたる。年限経つばかりでは楽しみ無いから、一時道を始め付けたる。神一条の道からは萬分の一の道を付けたのやで。それから聞き分けば、邪魔になるものは邪魔になる。害になるものは害になる。言うわいでも分かった話や。
皆様にお尋ねしたい事はこれらのおさしづを心得られての天理教の信仰ですか? もう一度お聞き致します。天理教ですか?
明治40年3月13日百日さしづに9頁(P4629)さあ皆用いるか\/用いねば世界へどうして詫びするか\/。これ知りて居るか。年限数えてみよ\/。いつまでこんな事で通るか。道は、皆継目あるで\/。継目知りて居るか\/。知らずに何と呆けて居る\/。皆んな取損ないして居る\/。教祖という道内から潰して居る。世界の道で立ってあるか\/。学問で立つと思うか。・・・とまあ教祖の道内から潰してはトホホじゃありませんか?
道の継ぎ目とは雛型の道、道理上の道、応法の道、神一条の道の事です。未だに天理教は応法の道を通して満足して居られますが教祖様の思惑とはかなりかけ離れてしまっています。
しっかり御筆先、おさしづを拝読し研究すれば良く分かるはずです。
今日はここまでにさせて頂きます。有難う御座いました。宜しくお調べ下さい。
おさしづに依る本部員、親族、中山家についてお伝えします。 投稿者:梅一厘 投稿日:2002/06/16(Sun) 22:21:53 No.7 [返信]
☆本部員は人間の付けたもの☆
(M25・6・4)幾重のさしづもあろう。引き合わせてみよ。成程の理も分かるとのさしづにより
(M31・9・30)(P233、3099)どういう筆を取る、こういう筆を取る。筆に記してくれにゃならん。言葉で諭してもならん。十分知らしたら、一つ\/治めてくれにゃならん。筆に記したとてどうもならん。皆勝手の理を拵える。何を思うても、この道神一条の道は、どんな事も立てゝ見せる。これからどんな事も神は大目に見て居る。神というもの、そんな小さい心でない。・・・知らんとも言えようまい。今日の日見て居る。神一条の道で神一条の言葉で出来たもの。 早うから仕込んであ
る。どんな事もこんな事も分からん事情又替わる。代の替わるようなもの。代替わり、根がどうも難しいてならん。
(P234、3100)何ぼ諭した神のさしづ、皆んなあちらへ映るこちらへ映る。勝手の悪いさしづは埋もって、こんな事では一分の日難しいなる。迫って来る。この迫って来るはどういう順序の理諭さりょうか。多くの中、楽しみ\/いう理が何から出来たものであろう。容易ならん道、欲を離れて出てくる。何と思うて居る。日々改めて居る。種という理を以て話し掛け。種は元である。口上手弁が達者やと言うても何もならん。日々取り扱い本部員本部員というは神が付けたものか。これ一つ改めてくれ。そういう理は人間の心で付けた道、世界は人間の道。このやしき人間の心で通る事出来ん。神の理それだけ難しい。何處へ行っても無理という理はない。神が理を治め掛けたる。世上どういう理以て、何でも彼でも治めて掛かる。この順序聞き分けてくれにゃならん。何處で真似をしたとてならん。何處で店を張ったとてどうもならん。元が無いから。このやしき元なるぢばと言うたる。その元へ入り、神一条の理を持ってくれ。
・・(P235、3101)長い短い問い返やせと\/言うに、もう宜しいと言うから、神が退いてしもうた。それから会議々々と言うたて、人間さしづを拵え、取次見苦しい。ごもくだらけ。一寸々々日々積もれば山となる。この、山となったらどうするか、この順序聞き分け出来ねば、人間心通るだけ通りてみればよい。・・
(P237、3103)あの人めん\/頼り持ったなら、重々の理を楽しみ、理を積もり恐ろしや。たゞ一つの臺である。前々本部員々々々と言うて居る。これもだん\/ある。本部員々々々何人ある。本部員というものは、神から言うたのか。人間が言うたのであろ。人衆始め掛けと寄せてある。 これから一つ考えてみよ。表並び\/高い低いも長い短いも分かるである\/。我が事した事は、皆人の事と思うたらあきゃせん。・・・何ぼ本部員第一の空に居た者である。 下からならん\/。この理皆それ\/散乱して心を計ってみよ。上に留まっても、足持って蹴ってしもたら、ころ\/と行ってしもうた。可哀そうなものや。それじゃから、本部員じゃという。
(M30・2・1)本部員や役員と言うなら、世上へ映る鏡やしき。曇り事情踏み止めてくれにゃなろまい。一日の日よりしっかり定め掛け。・・・ぢばも鏡なら、世上も鏡、世上の理も映れば、ぢばの曇りも皆映る。あの者には義理や、この者は放って置けん、という人間心の理から世界の曇りとなる。
(M31・3・28)女であれど、公然思うての気休みの理と言えん、教会本部員という理は、これは一寸なろうまい\/。同様の心は内々の心にある。めんめんの胸にあろう。
(M34・6・14)役員と云(い)ふたる、本部員と云ふたる本部員は人間のつけたもの臨時見習と云ふて一寸といたる本部員と云ふは世上の理取ってつけたるこれ違うか、違わんかちがへば違うと云ふて見よ、一寸路銀と云ふて渡したる誰と誰本部員というて許したる、ゆるさしょまいがな これ返答してみよ。 「皆々相談してお願い出ますと申し上げ」
さあ\/ちがふちがふちがへばちがふと 一言こたへるがよい こたへるがよい さあ\/ちがふ事ちがふ事承知がでけにゃいふたらよいゑ(え)んりょはいらん、ゑんりょはさきになってかぜ(苦情)になる、道のくもりになる。
(M31・10・1)(P239、3105)さあ\/本部員というは世上の理を言う。内心一つ、神一条の理、神の理から一つの理戴かにゃならん。これまでの處、幾重の日も、どうもならぬ事情もある。
(P240、3106)あの者賢い弁が達者と言うても、今日の日この采配でけやせん。年限の種があって理という。何名の本部員増えた。あれも一尺やら三寸やら五寸やら分からせん。・・席を休まさすのや。何ぼ言うても聞き分け出けん。幾日休む。世上聞いて合点行かん。何であろうという。あれ潰そうか、倒かそうか、人間寄り合うて分からず、十日二十日休ます。席が始まらん。悪風の手伝いして居るようなものである。
(P241、3107)本部員と言うたる。教会の理、神一条の理とは言えん。世界の理、その中へ本部員数この一つの理鮮やか分からにゃならん。それ\/中という。埋もれた者、新しいと思うたら、ころっと違う。道の理話し合うて、互い\/出来るか出来んか、皆んなこれだけ何ぼ言うてもどうもならん。とんとどうもならん。これまでの處、見分けてくれよ、聞き分けてくれよ、と言うてあっても、聞き分けくれん。働く者清水なら、神が働く事出来よう。
(P243、3100)さあ\/本部員という、一つの理、あら\/の理、これまでの理通り来る。本部員の中でも人間心 おいらがこうと言うたらこう。相談の理、いろ\/都合、後一つ埋もれた者引き出し、埋もれてある者、新しい者は無い。取り扱い振りは同じ理分かってあろ。遠い所の道を歩んで下され。十分取り扱わにゃならん。理は一つ、同じ事といえど、詰まる理同じ事、あちらこちら、どうも何人に聞いても同じ、一つの理に諭さにゃならん。
(M35・8・10)(P37、4457)我さへよくばよいと言う様では兄弟とは言えん。この理を一つ聞き分けて心に治めするなら、同じ水流れる。(P38、4458)さあ\/國々廻るは外から廻らん。おぢばという本部員という、これ中に話し聞かにゃならん。この道遠い所へ行けば大層である。大層なれど、大層の中から出て来る。世界の大層を持って出て来るを聞いてやらにゃならん、聞いてやれば皆々分かる。
☆親族について☆
(M23・4・20)午前四時刻限御話(P65、661)初めてさあ\/うちのしんばしらを初めとして、親族一同の者一人々々どういうものや。一つの事情を尋ねに出よ。どういうものや分かろうまい。
今までというものは、あちらこちら取り混ぜての人間心あるから分かろうまい。事情が違うてはどんならん。そこでしんばしらを初めとして、親類一同一人に一人付き添えて、明日の朝より尋ね出よ。
(P66、662)さあ\/しんばしら\/、後一つは親族。刻限という、刻限というてはとんと分かり難ない。秘っそう\/にして真の親族、いんねん、しんを定めてこれもこうかい、あれもこうかい、一つの理が治まりたら何かの事も治まる。又々話、今日は親族の理は深きの理、これで親族という。神一条の道は又一つ別派、それより血分け、心の理より来る理がある。誠の道に寄り来る。神一条の道から始まりた真実の心という。たんのうの心より治まる。こうすればこう成る。鏡やしき\/と言うてある。不自由さそうと思うてするのやない。一つ\/あたゑという。親族々々、これよう聞き分け。前の親族いんねんの理、一つ心治め。・・・神一条の道、親族事情の理、在姿の事情これ第一。三つの理をしんばしらはよう聞いて置かねばならんで。神一条の支配は親族の事情と、いんねん事情と、しんばしらの事は親族へ。このやしきのしんばしらと成るのは、生まれ出ん先からのいんねんの事情、一つの理。分からん先から先にしんばしらと言うも、前々より諭してある。又この席というものは、何から出来て来たもや。この事情いんねんというは、神
一条の道は連れ帰るというのはいんねん、皆一軒限りの在姿の理を見て、大抵々々分かりてもある。しんばしらというは穏やかなる心がしんばしらという。親族には神一条の道は何も言うやない。神一条の道があればこそ\/と言うて、しんばしらより家内(お里様)へ皆話すれば皆得心する。さあ\/何にも案じる事はないで。難儀するような事は言わんで。日々に出けて来る。神一条の道からどんな事でも皆出けて来るのやで。年限日柄という。・・・さあ\/しんばしらの書取と、親族一同の書取と合わした、ほんにこれでこそという。
(M23・6・21)午後九時十五分(P140、736)又一つには珍しい所が大和の國に出けたそうな。一寸見てこうかと言うは今までの處、まあ\/世界では事情掛かり一時分かる處もあれば、分からん處もある。なれど人間の道というは、働くという理は話したる。隅から隅まですっきり洗い切る。どうでも洗い切らにゃならん。・(P141、737)・どうでもその道運び来たる。今日の道に人間の心でする事はその場は治まる。人間の心の事情は皆々苦情となる。その場限り、神一条の道は心の理を以てするから、入る来るも出て来るもこれまでの處、並大抵な道じゃなかった。・・・成程どう成るも内からするのやない。皆世界から寄り合うて出け立つ道である。内からせねばどうするかと言うた日もある。なれど一つ越し、二つ越し、皆越して来た。又一つ内々親族いんねんの事情を以て一つ始め掛けたる。始め掛けたと言えばどういう事と思うやろう。 神一条の道は皆兄弟。いずこの理を以て親族、親族は心の結び合い、他人というはほのかな理、神一条の道は神やしき、鏡やしきという。何年以前始め掛け。胎内宿るまでに話したるしん。又一つ、筆に記して十分に知らしてある處もある。この事情というは深きいんねん、十分の理に治まりたる處、又後々事情いんねんは親族なればよう聞き分け。
(P142、738)世界の理を以て居れば、親族と言うては神の道とは言おうまい。
・・・神一条の道には親族は無い。・・・世上の理から見たらどれだけの理とも分かろうまい。古い事思えばたんのう、又一つ親族々々々々、三つの立てやい筆に知らし何であろう。いつの事と思うて居たやろう。この事は十分前に経(た)ってしもうた。・・・なれど一つ口が開けたら皆寄りて来るであろう。
(M24・1・28)夜八時半(P25、947)中山家のある間、一つも粗末にはせんというは、どういう処より出るか、この理を聞こう。神の方より聞こう。・・・ 親族の理を持って、ほって置けんというは、どれから出たか、このやしきでは親族の理では、世上救ける事が出来ん。苦労艱難の道を通りて来て理を聞くなら、一ツの道も通そう。限りなき処まで尽くそうというは、どういう理であるか、中山家の続くまで救けると云うは、親族の理であろう。三十年以前の理を聞き分けるなら、何も
分からんやない。残念の道も通りて来たわい。何でも彼でも足場が無くば付けられん。 (はや\/と表出よふと思もヘども 道がのふては出るに出られん)歪(いが)めてなりと、痛めてなりと洗い替えて事情、これまで通りどんな事でも聞き分け。・・・どんな事も談示したとて、聞くものは無い。残念。相談する人も無し、掛かり掛けた道どうなろうと、残念々々の道も越して来た。 涙をこぼして越した日もある。種を蒔いたから今日の日や。・・・さあ\/朝はとうからどん\/風もかまわず走り歩き、(お里様の事)寒い時は寒い装束、暑い時は暑い装束、扇使いでは種になるか。(真柱の事)これだけ話すれば皆分かる。前々にも話してある。
(M24・2・8)(P43、965)さあ\/仕切って話する。この事しんばしらに伝え。さあ\/どういう事伝え。親族切って切られん中、捨てるに捨られん中、一戸々々の事情、世上々々の事情、親族は親族の理がある。切って切られん理がある。親族は親族だけ。心置き無う治めてくれるよう。鏡やしき\/うっとしいては照らす事出来ん。言い難かったであろう。これだけ尽くし、しんばしら切ない事情であろう。それだけの事、運んでやってくれるがよい。
☆このさしづはたしかな証拠☆
(M30・1・11)山澤為信身上障り願い(P3、2725)大きい所へ掛かれば、ころりと初めから改めんならん。これまでさしづ さしづで年限経ち来たる。俺の思うようや\/。これではどうもなろうまい。身上に掛かれば、どうもなろまい。 山澤家がままにしてこられた事が伺い知れます。
特に二代真柱(管長)継承時は11才で未成年だったので山澤為造氏が職務代行摂行されたずる\/と長々と思いのまま通して来られた様に思われます。
真之亮さんは梶本家からおはる様の三男でありました。明治20年4月に山澤為造氏は梶本ひささんと結婚され、前川家、中山家、梶本家、山澤家が親族になりました。中山正善2代さんは山澤せつさんと結婚されましたので切っても切れない親戚(親族)に成りました。山澤氏は大
変大きな影響力を行使される事になったようです。中山家と山澤家の家系図を作ればどう言う状態に成っているか一目瞭然と思われます。網の目の如く政略結婚が繰り返され、ここには書けない困った事が見え隠れしています。知らぬが仏とうっちゃりたいのですが、神様の思惑を立てる
ためには目をつぶる事は出来ません。おさしづ通り何故出来ないか。陰謀と野望がおふでさき、おさしづをお上にかこつけて書き換える浅ましさはおさしづに可哀想にと言い表されています。
★本部員とは神様が付けられた役ではありません、良く心を落ち着けてご思案して下さい。いわば天理教信者の皆様方は〇〇〇〇に牛耳られているのではありませんか?★
☆中山家について☆
(M31・11・13)(P184、2184)かんじんなる処中山てへあってな
(しんのすけ様)
い、これも早くこれ隠(かく)れて抵当は切ってしまう(中山家と神の道) これから運べば実に実に神の話と、どんな事でも(神一条に)運んでくれにゃならん。
簡単に申しますと大正3年初代真柱(管長)49才で背中のヨウにて苦しんで出直されました。
この年、甘露台親様は26才でした。この解き分けは元治元年から26年目は明治22年丑の年8月3日旧7月7日(七夕)に織り姫として山城の西陣に誕生されました。これが一宮です。
文久二年お里様32才数え33才女の役年から26年は明治20年で御教祖様が現身を隠された。20亥,21子,22丑を聖書では3日目に甦るべしと仰せある。甘露台三下りの一下り目の三ッ三日目より甘露が天より下りたとゆうわいなと仰せ有ります。
人、牛、獅子座と言えば何?
泥海古記999999は9×6=54で三度ながら九十九年であった。9×2=18、一宮は18年、二墓は18年、三度三腹は18年、昭和17年午の年甘露台親様は54才この年泥海古記完成し12月10日に天照神一条打明場所の看板を上げて仏教、キリスト、天理神道に三教一つに打ち出した。 この年から26年目は昭和42年になり2代真柱(管長)心臓を患って出直された。これまさしく月日大神様、御教祖様の残念立腹では有りませんか?ついでにもう一つ、天保9年から百十年は昭和二十一年戌から戌まで、この年赤衣初着し人間甘露台宣言され神一条に誕生された。この雛形通り、妊娠期間は10つき10かで有ります。戌の日に一丈一尺の腹帯を締めて安産祈願をしてこられました。帯屋許しは助け道開けとして神一条の道が始まりました。
月日大神様の思惑の本物の天皇が出現した。元の神、実の神が現れた。昭和17年から5年後五ツ理を吹く、昭和21年に理を吹いた。 また、八丁四面は神の家形とは84年の年限で文久2年から84年は昭和21年の事です。
甘露台は13段の総計は8尺2寸でこれは元治元年本席32才、つとめ場所建設から82年は昭和21年になります。
昭和20年酉、お里様115才、昭和22年亥本席様115才でした。20年と22年の間、真ん中の21年戌に人間甘露台宣言されました。さいころ21目、鶏は21日目で雛にかえる、やがて鳥が鳴く。人も数え21才で成人し、お国の為になると言う、あしきをはろうて21回などしっかりほのめかされています。お悟り下さい。
この年から26年は昭和47年になり、一柱として印を打ちこの年から「三ヶ年の模様中五ヶ年から普請に掛かる」これは百日さしづ、五ヶ年は47,48,49,50,51で昭和51年辰の年甘露台親様は88才で升掛け米寿に成ります。升に掛けて計ってみせるとの事。この年から26年目は平成13年三代真柱(管長)の奥様が出直された。私は三代管長(真柱)がご苦労さんでしたと神様から言われると思っていました。神様の思惑、計画は3年、5年、26年、30年、33年、35年、42年、43年、50年、70年、75年、百年、115年等とハッキリ示されています。 孔子の論語抄、桃栗3年柿8年までも甘露台親様の道中を示された物です。おふでさきの数字も全て年限に成っています。図面引けとは年限を数え年限表を作れとの事です。 内容はまだまだ深く、広いがこの辺で軽く流しておきましょう。 有り難う御座いました。
一人でも多くの方に興味を持って頂きたい、真実を知って頂き本当の信仰生活をして頂きたい迷信、盲信や信心ではなく信仰をして頂きたいと思います。仏教、キリスト、天理神道を始め有りとあらゆるものは月日大神様の思惑で一つの教えである事を聞き分けて頂きたいのです。
神一条人間甘露台親様を踏み止め出来なければ始まりません。
月日大神様の思惑を聞き分けて戴きます様に宜しくご研究をお勧めします。 合 掌
誕生祭終えて 投稿者:梅一厘 投稿日:2003/08/22(Fri) 23:21:23 No.41 [返信]
八月三日は甘露台親様の115回目の誕生祭を勤めさせて戴きました。 皆様も是非ご参拝して下さい。
甘露台親様は米 谷 く に と申します。
明治22年丑(1889年)8月3日旧7月7日(七夕)土用牛の日、
織り姫、糸繰り姫として浅野豊七の次女として京都の西陣、今の乾隆
小学校で誕生されました。これが、泥海古記の一宮で元治元年から26
年目、明治20年御教祖様お隠れより3年目に当たり、聖書では3日目
に甦ると仰せ有り、甘露台三下りの一下り目の三ッ三日目より甘露が天
よりおりたというわいなと仰せ有りました。
八月十三日は麻のオガラを焚いて聖霊を迎える日です。旧掲示板をご覧下さい。
八月十六日は京都の五山の送り火でした。 これも甘露台親様の事をほのめかして置かれた物です。旧掲示板をご覧下さい。
今年は冷夏と言って居りまして農作物が不作と言って居られますが
神一条教にお願いして頂けば米、野菜、果実もしっかり収穫出来ます。
心当たりのある方は是非、ご相談して下さい。
地蔵尊についてお伝えします。 投稿者:梅一厘 投稿日:2002/08/24(Sat) 23:39:47 No.14 [返信]
地蔵尊についてお伝えします
今、大阪の方々で地蔵盆が行われています。
子供の安全と成長を願って、また、亡くなった子供の供養と
して毎年恒例のお祭に成って居りますが、本真実の意味を知
って頂きたいのです。
☆地蔵尊とはどう言う意味でしょうか?☆
仏教では地蔵菩薩の事を言って居られるのでしょうが、地・蔵・尊は一つの例えであります。分かり安く言いますと地にオボサった蔵は尊いと言う事です。
地蔵とは経文、聖書、御神言(みかぐら歌、おふでさき、泥海古記、おさしづ)古事記、書記、古文書の中に書いてある事が尊いと言う事であります。
これを聞き分けるには子供の様な純粋、素直な心(精神)に成らないと聞き分け(理解)出来ませんようと、ほのめかして有った物です。信仰の対象ではなく信心と言う事になります。 和讃を歌ったりお経を上げたりしても理解出来ないのは当たり前と言う事になります。心発散は出来ましょうが、今年も地蔵盆が出来たアーアッ良かった、良かった。一つの行事が済んだ、で終わり何らお釈迦様の思惑が立たない事になります。阿弥陀如来も叶わじと言った所でしょう。
真仏で有ります真柱を引き出すためにほのめかしである事
を聞き分ける事が何よりも大切な事です。
聖書では『マタイ伝第18章1節から7節と天理教では明治8年旧5月26日甘露台地場踏止め(地場定め)に示してあります
マタイ伝第十八章1そのとき弟子(でし)たち、イエスに来(きた)りて言(い)ふ『しからば天國(てんごく)にて大(おほい)なるは誰(たれ)か』
2イエス幼兒(おさなご)を呼(よ)び、彼らの中に置(お)きて言(い)ひ給(たま)ふ、
3『まことに汝(なんじ)らに告(つ)ぐ、もし汝(なんじ)ら翻(ひるが)へりて幼兒(をさなご)の如(ごと)くならずば、天國(てんごく)に入(い)るを得(え)じ』、
4されば誰(だれ)にても此(こ)の幼兒(をさなご)のごとく己(おのれ)を卑(ひく)うする者(もの)は、これ天國(てんごく)にて大(おほい)なる者(もの)なり、
5また我(わ)が名(な)のために、斯(かく)のごとき一人(ひとり)の幼兒(おさなご)を受(う)くる者(もの)は、我(われ)を受(う)くるなり、
6然(さ)れど我(われ)を信(しん)ずる此の小(ちひさ)き者(もの)の一人(ひとり)を躓(つまづ)かする者(もの)は、寧(むし)ろ大(おおい)なる碾臼(ひきうす)を頸(くび)に懸(か)けられ、海(うみ)の深處(ふかみ)に沈(しづ)められんかた益(えき)なり。
7この世(よ)は躓物(つまづき)あるによりて禍害(わざわひ)なるかな。躓物(つまづき)は必(かなら)ず来(きた)らん、されど躓物(つまづき)を来(き)たらす人(ひと)は禍害(わざわひ)なるかな。 (日本聖書協会JBSより)
本稿 天理教教祖傳の128頁〜130頁を参照
教祖(おやさま)は、先(ま)ず自(みずか)ら庭(にわ)の中(なか)を歩(あゆ)まれ、足(あし)がぴたりと地面(じまん)にひっついて前(まえ)へも横(よこ)へも動(うご)かなく成(な)った地點(ちてん)に標(しるし)を付(つ)けられた、然(しか)る後(のち)、こかん、仲田(なかた)、松尾(まつお)、辻(つじ)ます、櫟枝村(いちえだむら)の與助等(よすけら)の人々(ひとびと)を、次々(つぎつぎ)と、目隠(めかく)しをして歩(ある)かされた處(ところ)、皆、(みな)同(おな)じ處(ところ)へ吸(す)い寄(よ)せられるように立(た)ち止(とま)った。辻(つじ)ますは、初(はじ)めの時(とき)は立(た)ち止(とま)らなかったが、子供(こども)のとめぎくを背負(せお)うて歩(ある)くと、皆(みな)と同(おな)じ所(ところ)で足(あし)が地面(じめん)に吸(す)い付(つ)いて動(うご)かなくなった。と書かれています。
★辻ます様がとめぎくを背負うて歩くと皆と同じ所で足が地面に吸い付いて動かなくなった。
これはマタイ伝の2節、3節の事である。とめぎくさんを背負うて歩くと皆と同じ所で足が地面に吸い付いて動かなくなったのはとめぎくさんが神因縁があるから皆と同じ所で足が地面で止まったのではありません。 幼子(幼兒)(おさなご)、純粋な心、素直な心がないと地場(ぢば) 甘露台を踏み止める事は出来ないと言う雛型を付けて置かれた物です。子供の心に成れと言う事です。
幼子(幼兒)(おさなご)はおさしづ明治22年8月21日では小子と仰せ有ります。170(490)頁を参照 人間甘露台親様の身体をぢばと言い日本(大神宮は月日入り込みの宮)と言われていた事を知る事が大切と思います。 また、
6然(さ)れど我(われ)を信(しん)ずる此(こ)の小(ちいさ)き
者(もの)の一人(ひとり)を躓(つまづ)かする者(もの)は、寧(むし)ろ大(おおい)なる碾臼(ひきうす)を頸(くび)に懸(か)けられ、海(うみ)の深處(ふかみ)に沈(しづ)められんかた益(えき)なり。はおふでさき12号 113 月日にはうそとついしよこれ嫌いその先なるは月日退く
13号63この度は何を言うても疑うな これ疑へば月日退くと仰せられて警告された物と思います。 後で後悔無きように早く月日大神様の計画通り、人間甘露台は元の神、実の神で有り、人の子は真仏で真柱の人間甘露台を踏み止め、おすがり、教えを守れば月日大神様も護って上げますよ。と言う事です。早く聞き分けて頂き一人でも多く喜びに満ちた安心立命の日々を送って頂きたくお伝え致します。
ここで再びキリストは父・天理は母・仏教は子供と言う事で一つの教えで有り月日大神様の一貫した教えである事をご理解頂きたき、共に世界平和のため真実をお伝えしましょう。
分からない所はお尋ね下さい。
真柱の眞之亮やでと中山みきについて 投稿者:梅一厘 投稿日:2002/06/12(Wed) 16:18:13 No.3 [返信]
「真柱のしんのすけやで」につきまして申し上げます。
真柱とは人間甘露台をさして仰せ有ります。眞は人間甘露台の事で
す。人間甘露台のすけっと役だからしんのすけと名付けておかれか
れました。本席様在世中は教長さんと呼ばれていました。
本席様が帰幽されてからしんばしらと呼ぶ様に成ったと思います。
おさしづの中では将来の事を見込んで管長の事をしんばしらと言っている所も何カ所か有ります。
中山みきについて
天理御教祖の名前は中山みき(幹)と申しますのは何故?
八ツ山の中へと入り込んで石も立木も見ておいたと歌って居ります
様に意志堅剛な用木(人間甘露台)を山の中から引き出す事です。
用木とは神と人間の仲立ち者、仲人、仲介者の事で人間甘露台を用
木と仰せ有ります。表裏中これは三社三棟、三軒三棟の事ですが中
は甘露台のことを仰せ有ります。
この人間甘露台(根)を引き出すために雛形を付けられました。
根と枝葉をつないでいるのは幹(みき)です。
御筆先三号 90 日本みょ小さいよふにおもたれど
根が現れば恐れ入るぞや
と仰せ有るのは人間甘露台は根であり親であるからです。
この親を引き出すために御教祖様が雛形の道を付けて下されたのです。万民の雛形ではなく人間甘露台を引き出すための雛形であります。
真実の根を掘って下さい。堀切って下さるをお待ちしています。
この道は雛形の道、道理上の道、応法の道、神一条の道と道には継ぎ目があります。
早く、神一条人間甘露台親様を踏み止めて下さい。
世界一列兄弟姉妹・命の元をお伝えしましょう。