天理教とは?

月日大神様の大聖旨は御教祖様(中山みき様の事)が月日の入り込み社として、お始め下さった事は天理教の人等は誰一人として知らん者はありませんが、月日大神様の大聖旨は御教祖様をお出し下され一切の御神言の 中に先々の先までの事をお出し下されて長い年限には、どうなるこうなると一切の事情を伏せ込んで只悟ばからでありますから天理教の人等に分からんのは当たり前であります。 御神言一切は天理教本部の道と神一条打明場所との二ツの道を長年の間伏せ込んで年限来たらすぐに返やすと(神一条人間甘露台)示してあります。 先の事を伏せ込んでおかれた証拠に、御教祖様御昇天の時に子供に、やりたいものが沢山あるが子供にようやらなんだ又先に成ったら分かるようになると仰せられてありますのは、子供成人待ちかねて子供育て事情にかかられたのであります。(人間甘露台の事)
悪しき払いのお勤めを二十一回おとなえするのは天保九年いぬの年より百十年たって昭和二十一年いぬの年に人間甘露台が理の台としてこの世に生み出し下さる事が伏せ込んであったのであります。(帯び屋の理由参照)
 一寸話し神の言ふ事聞いてくれあしきの事は言はんでなこの世の地と天とを型どりて夫婦をこしらへ(本席夫婦伏せ込み)きたるでな此はこの世の(右手お里様・左手本席様始め出し(産まれ出しを二回するのは本席様夫婦の理を持って二生重々の台として刻限来たら再生して来る事をお手振りで教えておかれたのであります。)

よろづよの世界一烈みはらせど 胸のわかりた者はない
 (月様のご残念のお言葉・扉開く事分からん)

 そのはずやといてきかした事はない 知らぬが無理ではないわいな
(日様の温みのお言葉・解いて聞かせてないから知らんのも無理でない)

 此の度は神が表へ現れて  何かいさいをと聞きかす
(人間甘露台が出て御筆先・おさしづを説いて聞かせて下さる。天の打明場所)

 この所大和のぢばの神型と 言うていれども元知らん
(天理教ではぢばやと言うていても分からない)

 この元を詳しく聞いた事ならば いかなものでもこいしなる
(この元の因縁を聞いたら、どんな人でも皆神一条人間甘露台の所が恋しくなる、親里であるから)

 聞きたくば尋ね来るなら言うて聞かす よろづいさいの元なるを
 (神一条へ聞きに来れば伏せ込みの因縁を教へる)

 神が出てなにかいさいをとくならば  世界一烈勇なり 
(人間甘露台が出現して、おさしづ、御筆先から天の思惑を説いて下されば世界の人の心も勇んで来る)
 一烈に早く助けを急ぐから  世界の心も勇めかけ
(旬、刻限が来たから早く助けてやりたいと世界の心も勇む様にお働きさる)
文久二年お里様産後の患いから引き寄せられ元治元年につとめ場所を建てる事になり日の寄進されて苦労の道中を御教祖様よりお仕込みにて通られた。本席夫婦をお育てなされ明治元年にあしき払いのお手振りを教えられ八月よりあしき払いのおつとめ初められた。
明治二年お筆先起草される。 明治四年にお里様をお屋敷に向かい取りになったのであります。 おさしづの中にぢばはどこでも許す。 ここがよかろうと言うよう、談示してやれと仰せありますのは、人間甘露台の身の内をさして地場と仰せられてあります。から、人間甘露台をおさめる所が地場であります。 (おさしづに理があってこそ地場で理が無くて土地だけなら昔からも同じ事と仰せあります。)元治元年に本席夫婦を伏せ込まれた証拠として石の甘露台を建てておかれたのです。(記念碑)

   お筆先    三号
56 此の度はうちをおさめる真柱   早く入れたい水をすまして
 人々の心をすませてこの世治める人間甘露台を早く入れたい。
注、道のつぎめ・うちを治める真柱とは人間甘露台の事で、天理教の初代管長は御教祖が生まれる前からしんのすけと名前をつけておかれ、真柱でなく真を助ける意味で中山家の後継ぎとして養子に貰われたのであります。御教祖の後継ぎは本席で御教祖御昇天後本席さんにお言葉が出て、管長と言えども本席さんに伺われたのであります。

57 高山の真の柱は唐人や  これが第一神の立腹
天理教の真柱は神一条より知らしても神の思惑が分らない。これが神の第一の御立腹である

58 かみたるはだん\/世界まゝにする   神の残念なんと思ふぞ
 天理教では人間の力で世の中が思う様になると思っているのが神の残念である

108 今迄は証拠だめしとゆてある   甘露台もなんの事やら
 今迄証拠だめしと言ってあるが、天理教では雛型の甘露台では何も分らない。神一条人間甘露台は月日入り込みの宮であるから伺へばお筆先・おさしづの年限も皆分る

109 此の者を四年以前にむかいとり  神がだきしめこれが証拠や
 お筆先の出た年、明治七年より四年以前は明治四年、お里様お屋敷に向かい取りになった年

110 しんじつに早くかやするもよふだて  神のせきこみ此が第一
  人間甘露台を早く表へ出す事が大神様の大旨である

101 此れ迄は自由用自在とまゝとけど 何も見えたる事はなけれど
   人間甘露台が出るまでは、言うて来ただけである

102 これからはいかな話もときおいて それ見えたなら自由用自在や
人間甘露台が出て来たら、お筆先、おさしづ等皆ふた明けして自由用自在の御守護を頂く
 
     御 筆 先  四 号
39 今迄はなにのことでも知れなんだ これから先は皆おしえるで
  天理教の道は神一条をつける為の雛型の道であるから皆分からなかった。
  昭和十七年より甘露台が教えて下さる。

40 今迄は皆の心の内なるは  心がおふい違いなれども
  雛型の道であるから大神の大旨とは大きな違いである

41 あす日は何でも頼みかけるでな 神一条につかねばならん
  明治七年より七十七年は昭和二十六年。二十六年より神一条人間甘露台に、つないでいく様に神が頼んでおられる。三号 113 今迄の事は何にも言てくれな 二十六日始めかけるで。十七号 46 この日はな いつの事やとおもている 二十六日が来たる事なら

42 日々に身に障りつく得心せ  心違いを神が知らする
 心違いをしていれば神が身上で知らして下さるから悟るように

43 めい\/の身の内よりも思案して 心定めて神にもたれよ
 人間甘露台にもたれて指図、聞きわけよと仰せ

55 人間を始めだしたる屋敷なり その因縁で天降りたで
 元治元年本席夫婦伏せ込みの御教祖の御元。大正十五年またその因縁によって天降った。
七号 一月日より三十八年以前にて天降りたる元の因縁、明治二十二年甘露台誕生の年より三十八年は大正十五年になる

64 この子供何も教えへて早やばやと 神の心の急き込みをみよ
65 だん\/と子供の出世待ちかねる  神の思惑こればかりなり
 人間甘露台に神の大旨を教えて人間甘露台を表に出す事を待って居られる。おさしづに教祖しっかり渡したる授けたる、これ小さい者、小さい者が何程大切とも分らん。改めて一ツの理とんとどうにもならん。又=一日の日と言うてある。さあ日がら刻限きてあるから、さあさあ一寸一言いうておくで皆心一ツにせにゃならんで、さあさあ天より元を現わすで現わすで、これよう聞いておけ。

66 子供さへ早く表へ出したなら  からを日本の地にするなり
 唐とは神の思惑の分らん事。日本とは御神言一切わかりたる事。おさしづの分からん者に教えて用木暮らしをさす

70 今迄と道が変りてある程に  早くせき込み大かんの道
 天理教の道理上の道を切り変えて、神一条の道で大還道

71 この道は何時の事やと思ている 早く出てみよもふ今の事
72 だん\/と筆に知らしてある程に 早く心に悟りとる様に
74 つとめでも始め手おどり又かぐら ちょとのほそ道つけあれども
 天理教の道は理振りとして教えた、おかぐら歌の意味が分からんなりに雛型の道を、つけておかれた。

75 だん\/と草が茂りて道知れず  早く本道つける模様を
 草が茂りて=人間心がはびこって。本道=神一条の道。雛型の道の間は神の大旨が分らんからておどりや、おかぐら歌で細道をお通り下さってあったが早く神一条の道を決心してくれと仰せあります。おかぐらうたは人間甘露台を建設する時のお歌であると御教祖様の仰せである。 御教祖様の大聖旨が分らんから、いつまでも\/陽気と用木の取り違いをして居られる事を神は残念やと仰せあります。 おさしづの中に人間甘露台は金銭づくで求められやせんと仰せあり  明治四十年五月八日のおさしづの中に「さあ\/\/ \/心に無理な事一寸もいはせん。長らへて\/古い事から山々の話伝へてある。あらあら分りたら、どふでも一ツ仕切根性。仕切力。仕切知恵。仕切の道、どうでもこうでも踏めささにゃならん。これ皆承知してくれているやろふ。道は半端で、どふもならん。よぎなく一ツこれは第一どふも話すに話せん(お里様明治二十六年に逝去)理で帰りてしもうた、つけかけた道の事であるから」と仰せあります。

        御 筆 先  八号
96 どの様な事を教えてかかるのも  元なる親でなくばいかんで
97 今迄も何を教へて来るのも  皆この通り始めかけたで
98 人間を始めた親がもう一人  どこにあるなら尋ねいてみよ
99 此の世の知らぬ事をばだん\/と  言ふてあれども此が誠や
100 にち\/に知らぬ事をやない事を これ教へるが月日楽しみ
101 この世の人間始め親なるに  天のあたへはあると聞けども
102 此の話何の事やら一寸しれん  月日じき物やろと言ふのや
此の世を始め出した親、人間甘露台に天のあたへがあると聞いているけれどなんのことか分からんであろう。此の話と言うのは月日大神様が人間甘露台に天の奥儀をあたえられた。 (じき物とは寿命薬)

103 此の話どう言う事であろうなら 甘露台に平鉢をのせ
 月日様の御神言を受ける台は女。風で吹き分ける事。平鉢とは女と言う事。

104 此の先はああちこふちに身に障り 月日て入りをすると思へよ
   これからは神様が身上に見せてお手引きして下さる。

105 来るなら我が身さわりと引合わせ 同じ事なら早くそうじを
  身上にお知らせ頂いたら早く心定めする事

111 どの様な高い所の者やとて  自由自在に話するなり
  人間甘露台はどんな立派な知者学者といえども、どんな話も自由用自在にとく

     御 筆 先  九 号
1 今迄は何を言ふても人間の  心の様に思ていたれど
2 此の度は何を言ふても人間の 心あるとはさらに思ふな
     御神言一条であるから
3 どの様な事でもしかと聞いてくれ 人間心さらにまぜんで
4 月日よりどのよの事もしいかりと 言ひかけるでなこれ聞いてくれ
   人間甘露台踏み止めのお歌  一 〜 四迄
5 月日より社となるを二人とも  別間へだてておいてもろたら
月日より神の社と定められた人間甘露台は理のある人であるから、普通の人とは別に理を立ててくれる様に。二人とは元治元年に伏せ込まれた本席夫婦の事で、お里様が本席様の理を持って二世重々の台として出て来る。 仏教では「みだの大悲深ければ、仏智の不思議を現わして変成男子の願を立て女人成仏誓いたり」

16 この話しいかり聞いて承知せよ どんな事をばするや知れんで
17 この先の道のようだいしいかりと 聞き分けてくれ月日たのみや
19 甘露台すゑる所をしかりと ぢばの所を心づもりを
20これさいがたしか定めておいたなら どんな事でもあぶなきはない
      これさいとは人間甘露台の事
43 だん\/と何の話をするにもな 先なる事ばかり言ふておく
45今なるの甘露台と言ふのはな(天理教の甘露台)ちょとの雛型までの事やで
甘露台模型は上と下とに直径一尺二寸と仰せありますのは立教百年昭和十二年の年限。さし渡し三尺とは昭和十三年より昭和十六年。六角とは昭和十六年に引き出して昭和二十一年に理の台として赤衣初着の式を行なった年限

47 この台を少し掘り込みさし渡し  三尺にして六角にせよ
明治三十六年九月十日 甘露台の父の死別(甘露台十五才なり)此の年より御苦労の始まり。この年より三十六年は昭和十三年 立教満百年であります。六角とは昭和十九年になります。御教祖の雛型通り、夫・六十六才・甘露台五十六才にて死別、二代本席の式を行なった年

      御 筆 先  十 号
77 この度の甘露台と言ふのもな(神一条の人間甘露台)これも今迄知らん事やで
 石の甘露台は人間始めた元の証拠にたてられたのであります。人間甘露台は天よりの寿命薬となるおさしづ・御筆先・泥海古記のお言葉(甘い露)をお受けして御自由用によりて世界一烈に甘露を与える台のこと。広い世界に只一ツしかない者であります。 明治八年は御教祖は御歳七十八才で甘露台地場踏み止めの年。この年より七十八年くりますと昭和二十六年になります。二代大工が出現して御神言一切を説いて世界助けの道明けする事をお示し下さった年限。御教祖が七十五日 絶食なされた明治五年より七十五年くりますと昭和二十一年になります。御教祖様 明治二十年御昇天の年より百十五才(大正元年)までは存命の理で人間甘露台を育てる為に付きそうてお仕込み下されたのであります。

   御 筆 先  三 号
73 十一にくがなくなりて真わすれ  正月二十六日を待つ
74 この間真もつきくる欲わすれ  人数そろふてつとめこしらへ
  明治二十年より明治四十五年の二十六年の事であります。

     御 筆 先  十 号
78 どの様な事を言ふのも皆月日 知らん事をば教へたいから
100 この道を上へぬけた事ならば  自由用自在の働きをする
101 月日よりこの働きをしかけたら 如何なごうてきたると言ふても
102 心より真実分りすみきりて どんな事でも親にもたれる
103 この先は世界中はどこまでも 用木づくめに皆してかかる
104 だん\/と此の道すじのようだいは 皆我が事と思て思案せ

    御 筆 先  十五 号
8 如何程にせつない事がありてもな 親がふんばる承知していよ
    月日が甘露台に入り込んでいるから
9  これからは親の言ふ事しいかりと 承知してくれ案じないぞや

10 あすからは親が働きする程に どんな者でもそむき出来まい
    月日入り込みの因縁の者であるから

11  今までも四十三年以前から    親が現われ始めかけたで
   明治三十六年父死別の年より昭和二十一年 台出現の年限

81  この話四十三年以前から  胸の残念今はらすでな
82  それ知らず内なる者は何もかも  世界なみなる様に思ふて
83  この道は四十三年以前から  誠なんじゅうな道を通りた
  甘露台十五才より昭和二十一年甘露台誕生迄四十三年の間月日のお仕込により苦労艱難の道中であった。

 41  この元は四十三年以前から えらいためしがかけてあるぞや
 50  この話四十三年以前から  えらいためしがこれが一条
 天理教では雛型の甘露台を天理教の中心として御教祖を存命のまゝと思ってお勤めをして居られるが教祖様の御昇天の際の御言葉に「扉開いて守護うしようか、扉を閉めて守護うしようか」と仰せられた時に役員等が「扉を開いて」と申されたので、思う様にしてやったと仰せられて子供成人待ちかねると言われ御昇天なされたのであります。百十五才までは存命のまゝで守護すると仰せ下さってある事を本部員等は大神様の大聖旨が分らぬ故に未だに存命まゝと思うて朝夕にお勤めして居られるのであります。

        明治二十四年一月二十八日のおさしづに
 前略、「中山家のある間、粗末にはせんと言うは、どう言う処より出るか、この理を聞こう、神の方より聞こう」。中略「親族の理を持って、ほっておけんと言うは、どれから出たか、この屋敷では親族の理では世上助ける事が出来ん、苦労かんなんの道を通り来て理を聞くなら一ツの道も通そう。限りなき処まで尽くそうと言うは、どう言う理であるか、中山家の続く迄助けると言うは親族の理であろう」と仰せあります。

  明治二十四年五月十日 中山管長様の御居宅新築の願いの時のおさしづに 前略「又、さしづ尋ね出る処(神一条の処に) 普請と言う宅と言う、事情は仮に許す、中に思惑通りにはいかん、ばふたけことかけと言う、本普請の旬が(神一条の道)来れば、すっきり取り払うてしまう(天理教は)一時にかかる、これはまだ一寸 仮にして(管長宅の事)しんびょうの事情、どこへなりと直せる様この心なけりゃかかれん。中略もうこれと言う旬が来たら一時すっきり取り払うから、ほんの一寸のかかり何時でも地場はどことなりと許す、本普請まだ一寸にはいかん、何時とりても(天理教本部は)惜しいとも大層とも思わぬ様、それぞれこの処が良かろうと談示の理を持って、又一ツ尋ね、さあ勇んで一ツかかってくれるがよい」と中山家にては先になったら理はないと言うてあります。
          明治二十七年十一月十三日  おさしづに
 前略 「この建家席しまいのものか、これを聞かしてくれ(神一条より)中略 かんじんなる処中山邸あってない、これも早くこれ隠れて、ていとは(中山家と神の道とは)切ってしまう、これから運べば実に実に神の話とどんな事も運んでくれにゃならん(神一条に)」と仰せられてあります。
    ここはこの世の元の地場(天理教の所) 珍し所が現れた(神一条の所)
   又、屋敷の土を掘り取りて所かえるばかりやで
   真実に掃除をしたるそののちは 神一条で心いさむで
  天理教の道を神一条人間甘露台に、すっきり立て替えてしまうと示しあります。

     明治二十一年六月二十三日  おさしづの中に

 「天然自然の道で成り立つ、人間心では通るに通れん、神一条を胸に治めて天理教の道に知らして運ぶがよい」  「甘露台一ツ人間定めてある、何でも一日ある楽しみあると言う事を治めてもらいたい」と書き残しおかれたのを知らんから道はおくれてくる。
神一条やで実の所、甘露台(人間)早く取り決めて取り締まれとある事は、何時迄も石の甘露台は記念碑であるから、人間甘露台を早く表へ出して月日入り込み働くから早く取り締まれと仰せられてあります。人間甘露台、女であれど苦労艱難の道を通りて功能の理により又あら婦人や、あら女やと言うているけれど神の指図をよく聞分けて、神は真実を受け取りて神の道具に使うと示しおかれたのでありましす。天理教の人等は元の始まりを知らんから、聞分け出来んのであります。神は残念と仰せあります。
    雷も地震大風水つきも    これは月日残念立腹
   この事を今迄だれも知らぬから  此の度月日先へ知らする
   この事を皆一列は真実に    思ふて頼めばどんな事でも
人間甘露台は月日入り込みの台であるから信じて頼めばどんな御守護も頂ける。
真実の親の残念出たならばこのおさめかた、だれもしろまいと仰せあります。天災地変を防げるのは人間甘露台、只一人であります。天理教の人等は自己本意の悟りで「あれもかへにゃならん、これもかえにゃならん」と言うて勝手な解釈をしておられるのであります。
おさしづに大きい建物たてゝ人の迷いの台にするなと仰せられてあります。又、神の残念をしっかり聞き分けて大神のおさしづに伏せ込んである人間甘露台早く踏み止めてみよ。人は何しようがめんめん一人なりとも神一条の道より他にないから治めてくれば神一条に使う理がある。  許してやろう、その日が来たら皆手を打って勇んでくれるがよい。 
神一条人間甘露台を踏み止める事が出来ねば手を打ってくれるに及ばん。「これ迄に指図ばかり聞いて指図守らにゃ神をだました様なもの、よい事は取って後腐らして、ほかしてしもうたも同じ事や」「人間甘露台の言葉は天の言葉や、今日無駄にしてはならん 天理教の人等は真から無駄にしている」「まあ堅い心抱いて取り返しならしょうまい。神が捨てるのやない、めんめん 捨ててかゝればどうもならん」「本部員やと言うていても神が足持って引張ったらコロコロと落ちるやらう、よう聞き分けよ」と「今日の日まで精神定めて通りて来た者、何人あるか数へてみよ、調べてみよ、ここ迄つくり上げるには容易やない。
人間甘露台一人あったら何もいらんいらんと言て出けたる道」この理をよく 聞き分けねば神の残念が出たら、どうする事も出来ん事は道の人なら分かりてあるはず、どうでも、こうでも聞き分けねばなりません結構なる道に引き寄せて頂いていても因縁なくば聞き分け出来ません。神様のお言葉に来る者に来るなと言わん、来ん者に無理にこいとは言わん、そこはめいめいの胸次第と仰せられてあります。つくした理は皆神様が直と受取り直と返やすと言う事であります。理の無い所へ、つくすのは、つくし損であります。善悪共にお返し下さる事を知らねばなりません。

十六 この世に病つきものばけものも かならずあるとさらに思ふな
病気は神様のお手引きであり、つき物化け物等は、心たてかえさす為の神の芝居と仰せあります。
往生とは往って生れると書きます。人間は息をお返ししたら体は焼けば灰になりますが、魂は神が抱き取り自分の通って来た因縁通り善因は善果に悪因は悪果に生れかわるのであります。真が分らず、ふら\/してしているから万物の霊長である人間が四ツ足に迷わされたり、霊や迷信を信じて我れと我が苦しんでいるのであります。神の思惑の真をしっかり踏み止め先案じの無い安心立命の道を通らねばなりません。 是非、御研究して下さい。    合 掌

神 一 條 教 本 部 
神 一 條 打 明 場 所
玉 水 仙

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